後日譚 第28話
かなり突飛な話をしているし、ルゲンツさんが理解できているのか分からないが、穏やかな表情で俺達の話を聞いてくれた。
特にラルフの話は擬音が多く、当事者である俺ですら理解できなかった部分があったからな。
「前回の報告からそんなに日が経っておらんのに、随分と大変だったようだな」
「俺達にとっての最終決戦だったからな! 死を何度も覚悟したぐらいには大変だった!」
「三人が死ななくて本当に良かった。ワシの店の一番のお客だからのう」
「へっへっへ、今じゃ俺達が一番お金を落とすもんな! 出会った頃は酷いもんだったけど、爺さんがよくしてくれたから稼げるようになった!」
「本当にそうだな。この店で見つけた『オットーの放浪記』がなければ、俺は一生燻っていたと思う」
ラルフの言葉に同調してそう告げると、ルゲンツさんは勘定場の近くに置かれていた『オットーの放浪記』を手に取って見せてくれた。
本がまだ売れて売れていないと分かったのは嬉しいが……チラッと見えた値札には白金貨一枚と書かれており、その強気な金額には少しだけ複雑な気持ちになった。
「ふぉっふぉっふぉ、この本だろう? まだ売れておらんぞ」
「売れてないのは値段が強気すぎるからだと思うぞ。俺に売ってくれた時は金貨三枚だったろ?」
「それはそうだがのう……。一人の人生を大きく変えたとなったら、値段も上がるってものなのじゃよ」
「なんか変な感情になっているが、まだ売れ残っていたなら俺が買い戻させてもらう」
俺がルゲンツさんにそう提案した瞬間、またしても小躍りしそうなほどに満面の笑みを見せた。
無償で渡したものをまた金を出して買い取るなんて、ルゲンツさんからしたら金をタダで貰っているようなものだからな。
「んん? クリス、それはどういうことなのだ? 全く同じ本を購入するということでいいのかのう?」
「ああ。ルゲンツさんのため――とかじゃなく、また必要になったから買わせてもらいたい。俺の方でこの本を渡したい人物ができたんだ」
「ほー、そうなのかね。ワシとしては嬉しい限りだがのう……無償で貰ったものを高い金額で売りつけるというのは流石に気が引けてしまう」
「そういうことなら、タダで返してもらおうかな」
俺が少し意地悪でそう言うと、さっきまでの花の咲くような笑顔は引っ込み、苦笑いを浮かべながら俺に本を差し出してきた。
心情としては売りたいのだろうが、ルゲンツさんの良心は返すべきと言っているのだろう。
「……冗談だ。金なら稼げているし、白金貨一枚で買わせてもらう。俺がルゲンツさんに渡した時点で、この本は『七福屋』の商品だからな」
「本当に良いのかのう!? 今ならまだタダで返すぞ?」
「大丈夫だ。何か美味しいものでも食べてくれ」
「――本当にクリスは良い人じゃ! そういうことなら、遠慮なく売らせてもらおう」
俺は麻袋から白金貨二枚を取り出し、ルゲンツさんに手渡す。
そして、『オットーの放浪記』を再び手にした。
「本が売れ残っていて良かったですね。これでレアルザッドでやることは済みましたか?」
「そうだな。売れていたら探そうと思っていたが、報告できた上に買い戻すことができたしやることはない」
「ん? ということは、もう行ってしまうのかのう?」
「ああ。基本的には王都を拠点として動くつもりだから、レアルザッドには頻繁に遊びに来るつもりだ。今日はひとまずの報告と……」
そこまで口にしたところで、プレゼントを渡すことを忘れていたのを思い出した。
話に花が咲きすぎていて、プレゼントのことが頭から抜けていた。
「報告をするのとプレゼントを渡しに来たんだ。話に夢中で渡すのを忘れていた。大したものじゃないが受け取ってくれ」
「プレゼント? 『オットーの放浪記』を買い戻してくれただけでも飛び上がるほどに嬉しいのに、プレゼントまでくれるのかのう」
俺は鞄から黒いローブと眼鏡を取り出し、ルゲンツさんに手渡した。
「これはローブと、眼鏡?」
「そうだ。このローブは耐寒耐熱ローブで、寒い日でも暑い日でも身に着けられる代物だ」
「ほほう、大したものないと言っておったが優れものじゃな」
「眼鏡の方は魔力を流すことで、見たい場所を見ることができるマジックアイテム。遠くのものも近くのものも自由自在に見ることができる」
俺の説明を聞き、すぐに眼鏡をかけたルゲンツさん。
それから言われた通りに魔力を流したようで――。
「おおおっ! これは凄いのう! ぼやけて見えなかった位置のものがはっきりと見せるわい! かと言って、近くのものもちゃんと見えるし……本当に凄い!」
『オットーの放浪記』を買い戻した時以上に、興奮した様子で眼鏡を試してくれている。
ここまで喜んでくれたのなら、選びに選んでプレゼントを買って良かったと思えるな。
「三人とも、本当にありがとのう!」
「いいって! 俺とヘスターは散々世話になったしな!」
「ですね。今までお世話になってお礼です」
「二人がレアルザッドを発ってからまだ短いつもりじゃったが、随分と成長したんじゃなぁ」
俺以上に二人とは古い付き合いだからか、感慨深そうに呟いた。
盗みしかやれることがなく、底辺を這いずっていた二人がここまで成長したとなれば、苦しい時期を見ていたルゲンツさんはそりゃ嬉しいんだろう。
「話を戻させてもらうが、今日『七福屋』に寄ったのは報告とプレゼントを渡すためだけだ。買い戻せればいいと思っていた『オットーの放浪記』も手に入ったし、明日にはレアルザッドを発つよ」
「そうなのか。もう少しゆっくりしてもいいとも思ったのじゃが……頻繁に来られるなら嬉しいのう」
「これからお世話になった人のいる街を巡るつもりだから、何か珍しいものがあったらまた何か買ってくる! 楽しみに待っていてくれよ!」
「ああ、土産話も含めて楽しみにしておるよ」
優しく微笑んでくれているルゲンツさんに別れの言葉を告げ、俺達は『七福屋』を後にした。
報告できたのも良かったし、何よりプレゼントを心の底から喜んでくれたのが嬉しかった。
もう少し居心地の良いこの街に滞在したい気持ちもあるが……少しゆっくりしてから、明日の出立に備えて準備するとしよう。
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