後日譚 第1話
まるで息が止まっていたかのように、目覚めだというのにも関わらず酷く苦しく必死に空気を吸い込む。
ようやく呼吸が安定し、目をゆっくりと開けると……そこには見覚えのある顔が二人並んでいた。
大粒の涙に大量の鼻水。
ありとあらゆる体液が顔から漏れ出ており、その酷い顔に最悪の目覚めの中、俺はたまらずに吹き出してしまった。
「よ”がっだああ”ああ!! 心臓が動い”でなぐで、死ん”ぢゃっだんじゃな”いがど……本当に”心配じだんでずよ”!!!」
「な”んで目覚め”早々で泣い”でい”る俺ら”を見で笑え”るん”だよッ! グリズッ! お”前、本当に”死にがげでいだん”だぞ!!」
「……悪い。二人の泣き顔が面白くてな。俺もてっきり死んだと思っていたから、目が覚めているこの状況にはビックリしてる」
「ぜん”っぜん――ビッグリじでいる”よう”にば見え”ねぇ”!! ……でも”、目を覚ま”じでぐれで本当によ”がっだあああああ”」
まだ寝転んでいる俺に飛びつくように二人が抱き着いてきて、まだ体が痛むが……また二人と生きて会えた嬉しさを噛みしめつつ、俺からも二人を強く抱き返した。
それから二人は俺に抱き着きながらずっと泣いており、俺の頭の上にいたスノーからは髪がべったべたになるまで舐められ続けた。
「二人とも落ち着いたか?」
「全然落ち着いてねぇけど、涙はもう枯れて何もでねぇ!」
「私ももう涙を出したくても出せない状況です!」
「とりあえず冷静に話せる状況になったのなら良かった。状況を聞きたいんだけど何があったんだ?」
正直、記憶が曖昧で何が起こったのか全く分からない。
クラウスとの決着をつけ、死ぬところを看取った後――俺の記憶では死んだはず。
色々と思うところがあったし二人のことが酷く心配だったから、俺がもう助からないと悟ったところは強く覚えている。
実際に助かる傷ではなかったと思うし、俺は確実に死んだと思ったんだけどな。
「私達三人全員をスノーが助けてくれたんです。私はエリファスと戦闘で全力を使い果たしまして、動けなくなって気を失っていたところをスノーに救われました」
「次はスノーがヘスターを闘技場まで運んでいる最中で、力尽きて倒れていた俺を拾ってくれた! 俺は道中で倒れてはいたけど意識は残っていて、スノーの背にヘスターと一緒に乗せてもらって闘技場まで運んでもらったんだ!」
「二人共、エリファスとドレークに勝ったんだな」
「当たり前だろ! 俺はクリスをも超える男だぞ——ってそこはどうでもいい! 急いで闘技場まで運んでもらったんだけど、クリスとクラウスの戦いは既に終わっていて、死んでいるクラウスと……その横で死にかけているクリスが目に飛び込んできた!」
先に俺とクラウスの戦いが終わっていたのか。
すぐにスノーと二人が闘技場まで駆けつけてくれたから助かったようなもので、記憶通り本当に死んでいてもおかしくなかったらしい。
「それでラルフが俺を助けてくれたのか?」
「ああ! 何かないかと思ってクリスのホルダーを漁ったら、王女から貰った世界樹のポーションがあったから無理やり飲ませたんだ! ……でも、全然呼吸が戻らねぇし、もう死んじまったのかと思ったけど――スノーが大暴れしたらクリスが目を開けたんだよ!!」
なるほど。
薄っすらと覚えているが、ラルフとヘスターが俺を呼ぶ声が聞こえた記憶がある。
その後に何かしらの爆音が聞こえて、俺を覚ましたんだ。
その爆音が……スノーの声だったんだな。
ここに二人を連れてきたのもスノーだし、俺を呼び戻してくれたのもスノー。
これは、一生スノーに頭が上がらないかもしれない。
「色々と合致した。ラルフとヘスターも本当にありがとう。そしてスノー、俺を呼び戻してくれてありがとな」
そう言葉をかけた瞬間に、頭を食べるのではと思うほどの勢いで舐めまわしてきたスノー。
顔もべっちょべっちょに舐めてくるせいで若干鼻にくるけど……。
何にも気にしないくらいには、ラルフ、ヘスター、スノーとこうして戯れることができるのが心の底から嬉しい。
「礼なんかいらねぇ! 俺とヘスターはクリスに助けられたんだ! 恩返しができて良かった!」
「私もです。力になれたか分からないですけど、私にできる全てをやりました」
【農民】の適性職業を授かり、俺は全てから見放されたと思っていたが、あの時の全てから見放されたお陰で――こうして素晴らしい仲間と出会うことができた。
神に感謝するつもりはないが、【農民】という適正職業を授かって良かったと思える日がくるとはな。
「それじゃ、王都に戻るとするか。早くここから出たい」
「……なぁ、クリス。クラウスの死体はどうするんだ?」
「ここで燃やしていく」
「そうか……。分かった」
俺はなんとか体を動かし、死んでいるクラウスの下へと近づく。
その姿は看取った時のままで、涙を零しながら親父の懐中時計を握り絞めていた。
俺はその手から懐中時計と紅蓮の剣を取ってから、生まれ変わったらこんな歪な関係ではなく、別の形で出会いたい――そう願いながら【ファイアボール】で焼かれるのを静かに見守ったのだった。
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