第433話 異形
クラウスに纏わりつく黒い何かに一瞬躊躇ったが、構わずヴァンデッタテインを振り下ろしたのだが……。
倒れながらの状態にも関わらず、持っていた剣で俺の一撃を防いできた。
別に威力を弱めた訳ではないし、現状の全力に近い一振りだったはず。
意味が分からず、俺は一度距離を取って様子を窺うことに決めた。
毒に加えて、すぐに絶命してもおかしくない深く大きな傷。
うつ伏せで倒れているせいでクラウスが今どんな状態なのか分からないが、“生物”なのだとしたら死んでいてもおかしくない。
もう動くなという――そんな俺の願いは天には届かず、黒い何かを纏ったクラウスはゆっくりと立ち上がった。
背後からでは分からなかったが、起き上がったクラウスは確実に人ではなくなっていた。
「ほんの少し前まで最低な気分だったが――今は最高な気分だ。これほど清々しい気持ちなのは【剣神】を授かった天恵の儀以来かもな」
真っ黒な外皮で全身を包んでおり、顔には骸骨のような面のようなものが付けられている。
心臓部には赤黒い核が埋め込まれていて、魔物というのですら生易しい化け物の姿。
先ほど何もなかった背中からは、おどろおどろしい翼が急に生えてきた。
ついさっき深々と斬った傷跡も見当たらないし、変身するところを見ていなかったら、この化け物がクラウスだと絶対に信じられないと断言できる。
「随分と気持ちの悪い姿になったな。それもスキルの一種か?」
「違う。『アンダーアイ』を使って入手した、魔神核というコアの一種。それを体内に埋め込んだんだ」
さっきまでの激しい感情の起伏はなく、淡々と俺の質問に返答してきたクラウス。
コアと言えば、ゴーレムの爺さんが必死になって解析していたゴーレムの動力源となっているもの。
魔神核というのは聞いたことがないが、クラウスの心臓部に埋め込まれているのが魔神核だろう。
拳大の大きさなのに、これまで見てきたコアとは別格なエネルギーを放出しており、あの核からは見た目以上に嫌な感じがする。
「随分とペラペラと語ってくれるな。俺への怒りは消えたのか?」
「まさか。この体だと感情を表に出すのが難しいだけで、今すぐに引き裂いて嬲り殺してやりたいぐらいに怒っているぞ」
「それなら安心した。俺も安心してぶった斬ることができる」
「ほざけ。雑魚が」
化け物となったクラウスは、ゆっくりとたどたどしい歩きで俺の元へと向かって来ている。
まだあの化け物の体が馴染んでおらず、思うように体を動かせないのだと思う。
ここが化け物となったクラウスを殺す絶好機なのだろうけど……。
歩き方がたどたどしいのに、隙が無さ過ぎて近づくことができない。
というよりも、【剣神】の才に化け物の体を手に入れたクラウスに、今の状態の俺ではどう足掻いても勝てないのが戦わずとも分かる。
簡単に元に戻れるとは思えないし、一度逃げるのも選択肢としてアリだが――逃がしてくれる訳がないよな。
すぐに体が慣れてくるだろうし、まともに動けるようになったら俺よりも速い。
ならばここで正面切って倒すほか、俺に生き残る選択肢はない。
使いたくなかったが……【能力解放】と【狂戦士化】を使うしかない。
まずはマックスの出力で【能力解放】を行い、そして――【狂戦士化】を発動。
眩暈と共に、一瞬で意識が持っていかれそうになったが……。
【痛覚遮断】を解除し、斬られた激痛で意識をなんとか保つ。
それでも体の内からもう一つの人格が出てこようとしてくるため、傷口を自ら更に抉り取り、激痛によって無理やり押さえ込んだ。
自分との攻防を行っている時にクラウスから攻撃されていたら、対処できずに危なかったがまだ千鳥足のまま。
激痛による脂汗でビシャビシャになりながらも、俺は【狂戦士化】を使いつつ意識を保つことに成功した。
腹部の痛みでちゃんと動けるかが心配だが、【痛覚遮断】で痛みを感じなくさせた瞬間に【狂戦士化】に乗っ取られるし、この状態で戦わなくてはいけない。
「苦しみだしたと思ったら何笑ってんだ? 本当に気持ちの悪い奴だな」
「俺、笑っているのか。だとしたら、確かに気持ち悪いかもな」
自分で全く気づかなかったが、激痛に喘いでるのにどうやら笑ってしまっているらしい。
【狂戦士化】の影響だと思いたいが……恐らく違うだろうな。
この絶望にも近い状況を俺は心の底から楽しんでいる。
生き死にの懸かった場面というのは、変な物質が体から出まくるからな。
そこに加えて【狂戦士化】と制御していない【能力解放】で、自分でも訳が分からないほど冴えている感じがするのだ。
自分でも認めなくてはいけないほどの戦闘狂だと思う。
親父から嫌々やらされていたのに、いつからこんなに戦いが好きになっ――。
……多分だがクラウスに殺されかけた日だ。
死の恐怖と共にスリルという快楽を、そして憎悪を植え付けられたことで才能が開花し戦闘狂に目覚めた。
目の前にいる異形の姿となった元凶と目が合い、俺は直感的にそう感じた。
「そろそろ慣れてきたし、殺させてもらうぞ。――クリスッ!」
「いつでもかかってこい。俺が全てを終わらせてやる」
互いに剣を構え直し、もう一切奥の手もない全力の状態。
さあ、色々な人を巻き込んだ――最低最悪な兄弟喧嘩の決着をつけようか。





