第432話 毒の効果
俺が変な間でポーションを飲んだことを怪しがってはいるが、流石に攻撃を仕掛けられたとは思えなかったようで、クラウスは怪訝そうな表情を浮かべているだけ。
毒薬を飲み終えた俺は、すぐにヴァンデッタテインを構え直して距離を取り、クラウスの体に何か症状が出るまで様子を窺う。
疑ってはいたが特に体に異変が起きている様子はなかったことで、再びニヤつき出し、攻撃を仕掛けてこようと一歩目を踏み込んだ瞬間――。
クラウスは毒を仕掛けた俺が驚くほどの鼻血を噴き出した。
「え、【英雄の祝福】」
鼻血に加えて眩暈もしているのか、グラつきながらも更なるスキルを発動させたクラウス。
タイミング的にも状態異常に効果を発揮するスキルだと思うのだが、本当にいくつのスキルを保有しているのだろうか。
発動した全てのスキルが図抜けているし、全てが特殊スキルという可能性も十分に考えられる。
俺が必死になって採取したスキルの実で得た、【黒霧】もあっさりと看破されたし色々と差を見せつけられるな。
「――んグぅッ……。ク、クリス、お前何しやがった!」
「別に何もしていない。びっくりしたぞ。急に鼻血なんか噴き出すからな」
目を真っ赤に充血させながら、俺を睨んで声を掛けて来たクラウスにしらを切る。
【英雄の祝福】が状態異常に有効なスキルだとは思うが、完全に毒を無効化するものではないようでスキルを発動させた後も苦しんでいる様子。
一瓶丸々飲んだのが良かったのか、それとも『ラカンカ』で購入した毒薬が超猛毒なのか。
どちらにせよ、今が攻撃を仕掛けるチャンスなことに変わりはない。
俺はヴァンデッタテインに埋め込まれているヴァンパイアジュエルに手を添える。
体力がゴリゴリと削られていくのが分かるが、これでヴァンデッタテインにドレイン効果が付与された。
斬れば斬るほど俺の体力が回復するし、クラウスの体力がどれぐらいなのか分からないが、これだけの特殊スキルを使用しているということは俺以上体力はあるはず。
体力が多い相手ほどドレインできる量が増えるのは実証済みなため、回復効果も非常に大きいはずだ。
苦しんではいるがまだ動ける状態なことに変わりはないため、致命的な一撃を狙うのではなく、どんな形であれとにかく傷を負わせることに執着していこう。
ヴァンデッタテインをクラウスに向け、執拗に追いかけ回されていたところから一転。
今度は俺から斬りにかかった。
上段斬りからの逆風。右薙ぎからの袈裟斬り。逆袈裟からの刺突。斬り上げからの左薙ぎ。
大味な攻撃ではなく、ほとんどが幼い頃から親父から叩き込まれてきた剣術。
クラウスも技術力をつけているが、技量勝負に持ち込めば俺の方が上なのは明白。
技量を身体能力でカバーしてはいるが、狙い通り細かな斬り傷が増えていっている。
想像していたよりは少ない感じはあるが、ドレイン効果で体力の回復も上々。
このまま圧倒し続ければ、体が毒で侵されて動けなくなると踏んでいたのだが――物事というのはそう上手くはいかない。
「く、そ、があああアア! 【セイクリッド・スラッシュ】!」
一方的に押されている状況の打開を図ってきたクラウスは、大技を繰り出してきた。
【セイクリッド・スラッシュ】は、俺がまだ実家にいた頃に殺意を持って使われたスキル。
戦闘スキル自体を生まれて初めて見た上に自分に向けられたということもあり、未だに夢で見るほどのトラウマを植え付けられた。
俺にとっては苦い思い出しかないのだが、何度も何度も鮮明に夢で見させられたお陰で軌道に関しては頭に叩き込まれている。
溜めを行った瞬間に剣の向きと位置を見て、そこから【セイクリッド・スラッシュ】が放たれるまで攻撃範囲を予測。
以前見た時よりも溜めも短く、真っ赤な刃の剣に集まっている光の強度も量も桁違いだが――だとしても、俺の予測範囲からは出ない。
渾身の力で振り出された横薙ぎと共に、俺に向かって迫ってくる輝く光爆の斬撃。
スキルの発動前に見切っていた俺の横スレスレを通り、闘技場を囲む壁に激しい爆音と共に衝突した。
クラウスの秘策といってもいいはずの【セイクリッド・スラッシュ】。
溜めも短くさせ威力も引き上げてきたが、以前と違って明確に避けて不発に終わらせた。
毒も回ってきている上に体力も削り、不意をついての大技もノーダメージで躱した。
もう戦う気力すら残っていないはず。
そう予想だててクラウスの方を見てみると、両膝を地面に着き、腹を押さえるような形でうずくまった状態となっていた。
「くっそ、クッソがああアアアア! 俺は【剣神】で……グフッ。……クリスは【農民】なんだろうが! 神から選ばれた俺がなんで押されているんだよッ!」
何度も地面を叩きながら、闘技場に響き渡る声で叫んでいるクラウス。
「俺は……絶対に認めねぇ! 神が駄目なら――悪魔に魂を売ってやるよ」
急に前を向き、そう小さく呟いたクラウス。
最後に会話を挟もうと思っていたが、急に鳥肌が立つような嫌な予感がしたため、俺は踏み込んで膝立ちしているクラウスを肩から腰にかけてを深々斬り裂いた。
焦ったせいで踏み込みが浅かったからか、両断はできなかったが絶命には十分すぎるほどの深い傷。
ドレインの効果で体力が大幅に吸収されたのを感じつつ、頭から倒れたクラウスを見下ろしていたのだが――まだ嫌な予感が拭いきれていない。
これ以上は死体斬りになるかもしれないが、念を入れて首を落とそうとヴァンデッタテインを振り下ろしたその時。
頭から倒れたクラウスから黒い何かが噴き出て、まるでクラウスを俺から守るように全身を覆った。





