第412話 劣悪な環境
ひとまず闘技場へと繋がる扉は無視し、右手側を進んだ先にある小さな扉を目指した。
右端にあるその扉の先は更に地下へと繋がっており、そこは闘技者達が居住場所としていたエリアとなっている。
闘技大会が大規模で行われており大人数の闘技者達を抱えていたからか、今いるメインフロアよりも複雑かつ広い構造となっており、ここから先が本番という感じまである。
まだ俺の【生命感知】には反応がないが、スノーは少しソワソワとし出しており、この先に何かがいるのは間違いない。
「煌びやかな感じとは逸脱して、この扉だけやけに無骨で頑丈に作られていないか?」
「ここまでがいわゆるお客様のエリアで、この扉の先は闘技者達の居住エリアだからな。煌びやかさなんか少しもいらないんだろうよ」
「扉の周囲だけが別世界で……まるで牢屋みたいな雰囲気がありますね。傷一つない金属の扉が不気味です」
「感想はこの辺りにして中に入るか。まだクラウス達の反応は感じ取れていないが、スノーの毛が逆立ち始めているから何かこの扉の先にいる可能性が高い。言わずとも警戒しているだろうが、もう一度気を引き締め直してくれ」
ラルフとヘスターにそう忠告してから、俺は目の前にある重い金属の扉を開けた。
一応この扉の鍵はシャーロットから預かっていたのだが、扉に鍵はかかっておらずギギギという床に擦れる音を鳴らしながらゆっくりと開かれていく。
開けた瞬間にいきなり襲われることも想定していたのだが、扉の奥は薄暗いだけで何もいない。
ホッと一息吐いたのも束の間、後ろに控えていたラルフが小さく悲鳴に近い声を漏らした。
「く、クリス! その扉、見てみろ」
「扉……?」
特に何も異変がなかったように思えたのだが、ラルフが指さす通り扉を見てみると……。
そこには何重にもこびりついた血の跡や、必死にこの扉を開けようとした痕跡が残されていた。
全くの同じ扉なのに、メインフロア側から見た扉と闘技者の居住エリアに繋がる場所から見た扉の差があまりに別物で、その生々しさからラルフが悲鳴に近い声を上げたのも納得する。
恐らくだが、この扉に関してはクラウス達が関与しているものではなく、この『フォロ・ニーム』が闘技場として使われていた時に出来たもの。
色々と変な想像をしてしまうため、今は余計なことを考えないようにするためすぐに目を背けた。
「あまり考えないようにするぞ。多分だが、この扉に残された痕跡はクラウスとは関係ない」
「そ、そうなのか? あまり考えないようにしようって言っても考えちまうけどな」
「無駄な思考は命取りになるってことですよね? ここから先は他にも色々と見つかると思いますが、クラウス達に集中しましょう」
そんなヘスターの言葉に、ラルフは躊躇った様子を見せながらも小さく頷いた。
薄暗く本当に牢屋のような感じだし、思っていた以上に劣悪な環境だったことが窺える。
こんなことならば魔法陣の描かれた扉から、一気に闘技場に降り立つのが正解だったかもな。
意識的に意識しないようにしながら、スノーを先頭にして雑に削られた石の階段をゆっくりと下っていく。
ここまでは何の反応もなかったのだが、階段を数十段下りたところで発動させていた【魔力感知】に複数の魔力反応が引っかかった。
ただ【生命感知】には一切引っかかっていないことを考えると、恐らく生命反応を持たないアンデッド種。
……つまり、エリファスが生成もしくは操作しているアンデッドがこの先にいる。
それも厄介なのが数体の反応ではなく、数十体にも及ぶ数の魔力反応が感じ取れているのだ。
近くに生命反応がないということは遠隔操作を行っているという証明でもあり、エリファスは数十体にも及ぶアンデッドを遠隔からでも操れるということ。
【操死霊術師】の能力を聞いた時から厄介だとは思っていたが、俺の想像しているよりも何倍も厄介な能力をしているかもしれないな。
「ラルフ、ヘスター。この階段を下りきった先にアンデッドの反応がある。一気に蹴散らすから覚悟してくれ」
「アンデッドですか? ということは、エリファスが付近にいるということでしょうか?」
「いや。エリファスの反応は感じ取れないから、俺達の対策としてアンデッドを徘徊させているのだと思う」
「パーティメンバーではない枢機卿も連れているとのことでしたし、かなり警戒されているってことですね」
「それで作戦はどうするんだ? エリファスはヘスターが相手するって話だったし、アンデッドの処理はヘスター任せか?」
「いや、エリファスがいない以上全員で蹴散らす。まずは俺とスノーで突入し、近くにいるアンデッドを手当たり次第に倒して回る。遠くにいるアンデッドはヘスターが倒し、ラルフは危険そうな奴がいたら注意を惹いて相手取ってくれ」
「了解しました。遠くにいるアンデッドを中心に倒していきます」
「俺も了解した! 危険な臭いのするアンデッドがいたら、すぐにターゲットを取るぜ!」
この先の状況とある程度の作戦を伝えたところで、隊列を組んでから再び階段を下り始める。
階段の先が見えてきたところで――アンデッド達が気づく前に俺達は一気に突入した。
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