第406話 十字架
ラルフとヘスターにはシャーロット達の方へと向かわせ、俺は一人離れた位置にいるグラハムの下へと向かった。
「グラハム、わざわざ見送りに来てくれたのか?」
「おはようございます。ええ、渡しておきたいものがありましたのでお見送りに来ました」
「やっぱり俺の見送りでここにいたんだな。でも、出発の時間は知らなかっただろ? どうやって知ったんだ?」
「出発の日にちは知っていましたけど、出発時刻は知らないままでしたね。ただ早朝から待っていれば必ず会えると思っていましたので、お待ちしておりました。早朝に出発して頂けたお陰様で、長い時間待たずに済みましたよ」
グラハムはそう言って笑っているが、俺がもし夜に出発していたらどうしていたんだろうか。
実際に話し合いの段階では昨日の深夜に出発する案もあった訳だし、そうした場合既に出発した俺を長時間待つハメになっていたと思う。
そう考えると色々と恐ろしいが……なにはともあれ、こうして会うことができた訳だし余計なことは考えなくていいか。
「随分と賭けに出て見送りに来てくれたんだな。それだけ、その俺に渡したいものというのが重要なのか?」
「うーん……。重要かどうかはクリスさん次第と思いますが、私は重要なものだと思ったので来ました。早速渡させて頂きます」
グラハムは腰に身に着けていたホルダーを弄ると、銀色のチェーンのようなものを取り出した。
これはネックレス……か?
ペンダントトップに金色の小さな十字架が象られたものがついているネックレスだな。
「渡したいものってそのネックレスか?」
「そうです。どうか身に着けて頂けたらと思います」
「折角、わざわざ持ってきてくれたものだし身につけさせてもらうが……そのネックレスが重要なものなのか?」
「ネックレスというよりは、このペンダントトップの十字架が重要でして……。聖職者というのは人間に向けて攻撃をしてはいけない決まりがあるので、この十字架は神父になった時に配られるものなんです。安っぽい作りですが効果は本物でして、このネックレスを身に着けているだけで神聖魔法を完全に防いでくれる代物なんですよ」
「このネックレスを身に着けてるだけで、聖職者の攻撃は防げるってことか。ただ、そんな貴重なものを俺が受け取っていいのか?」
話を聞く限りではこのネックレスはグラハムのものだろうし、俺に貸すだけでも相当なリスクがあると思っている。
これから向かう『フォロ・ニーム』には、クラウスの手駒である枢機卿がいると分かっているし、貸してもらえるのであれば俺としてはこれ以上ないことだが……グラハムのことが気になってしまう。
「大丈夫ですよ。ほら、ここにレプリカのものがありますしバレません。戦いが終わったらこっそりと返して頂ければ結構ですので」
「……そういうことならば、このネックレスは借りさせてもらう。色々と本当にありがとな」
「いえいえ。私が勝手にやっていることですので、お気になさらなくて大丈夫ですよ」
「流石に気にするなと言われても気にするぞ。前にも聞いたと思うが、どうしてそこまで手を貸してくれるんだ?」
確かに食事会もやったし仲良くはなったと思うが、ここまで肩入れしてくれる理由が思い当たらない。
普通に理由が気になり尋ねると、突如グラハムは俯いて俺に表情を見せなくした。
「クリスさんに肩入れしているとかではなく、自分のために手を貸しているんです。枢機卿に加えて将来有望な司教が複数人いる訳ですし、それらがごっそりと抜けたら私の昇進が早くなるでしょ?」
「……そういう理由だったのか?」
今までにないくらい低い声でそう話したため、明るい雰囲気が一転し暗い雰囲気へと変わった。
一瞬本当なのかと俺も息を呑んでそう返事をしたところ、グラハムは俯いた顔を上げると満面の笑みで少しホッとする。
「――っていうのは冗談です。前にもお伝えしましたけど、単純にクリスさんのことを気に入ったからですよ。しっかりとお話する前から境遇が似ているのを感じていたのかもしれません。【農民】クリスと【剣神】クラウス。どっちを応援したいかと言われたら私はクリスさんってだけです。枢機卿も私的な理由でクラウスさんを応援している訳ですし、やっていること自体は同じです」
確かにそう言われると問題ないような気もしてきた。
枢機卿も個人的な理由でクラウスに表立って協力している訳だしな。
そういうことならば……遠慮せずに借りさせてもらおう。
「その説明で妙に腑に落ちた気がする。そういうことならば一切の遠慮もせずに借りさせてもらう」
「ええ。キッチリと決着をつけてきてください。私は陰ながら応援させて頂きます」
「ああ。全てが終わったら改めて挨拶をしに来る」
「その時はお話を聞かせてくださいね。勝利報告を楽しみに待っております」
グラハムとガッチリと握手を交わし、改めてお礼を伝えてから教会へと戻っていくのを見送った。
それから俺はすぐに借りた十字架のネックレスを身に着け、待たせているシャーロット達の方へと向かったのだった。





