第398話 枢機卿
予想以上に時間が長引いたため、コーヒーを計三杯とデザートを追加で頂いた。
個室でゆっくりと話せるし出てくる食べ物や飲み物の質も高く、話を行う場所としては本当にうってつけの場所だったな。
「大分長く話してしまったな。急に誘ったのに付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそありがとうございました。冒険譚として本にできるのではと思うぐらい、濃いお話が聞けて最高に面白かったです」
「そう思ってくれたなら良かった。また機会があったら話をしよう」
「是非、また別の日にでもゆっくりとお話を聞かせてください」
軽く握手を行い、グラハムとの食事会を締めようと思ったのだが……。
グラハムは俺の手を掴んだまま、一向に手を放そうとしない。
「何してるんだ? そろそろ手を放してくれ」
「…………話そうか迷っていたんですが、話すことに決めました。もう少しだけ付き合ってもらえますか?」
常に浮かべている笑みはなく俺の目をじっと見ながら、真剣な表情でそう言ってきた。
この感じに既視感があり――俺がレアルザッドを発つタイミングで話を切りだされた時と全く同じ。
グラハムには、実の弟であり【剣神】でもあるクラウスのことについても軽く話した。
何か重要な情報を持っている可能性が高いし、ここで断る選択肢は俺にない。
「もちろん構わない。何を話そうとしているのか見当もつかないから聞かせてくれ」
俺は再び椅子に座り直し、グラハムの話を聞く態勢を整えた。
グラハムは手を組みしばらく間を置いてから、ゆっくりと話を始めた。
「【剣神】と争っているということを聞いてからずっと引っかかっていたのですが、もしかして近日中に古代遺跡へ行く予定はありませんか?」
何の話をされるのか見当もついていなかったが、まさかの『フォロ・ニーム』に向かうことを言い当てられて体がビクッと反応してしまう。
グラハムには『フォロ・ニーム』に向かうことは伝えていなかったし、クラウス関係のことも俺は最低限のことしか話していない。
そんな中で俺が『フォロ・ニーム』に向かうことを知っているということは、その情報が漏れているということだろうか?
……いや、グラハムの親は王国騎士団の団長だし、そっちから聞いた線もまだあるのか。
何にせよ、詳しく話を聞いてみないと何も分からない。
「…………行く予定はある。グラハムはなんで知っているんだ? 父親から聞いたのか?」
「やっぱりそうだったんですか。いや、父から聞いた訳ではありません。レアルザッドを発つ前に私が話したことを覚えていますか?」
「もちろん。さっきも話したしな。確か、王都の枢機卿がクリスという名の人物を探している――だったよな?」
「ええ、そうです。その枢機卿が数日前から不審な動きをしていまして、部下に当たる司教を複数人連れて古代遺跡へと向かったのです」
シャーロットからも聞いていない情報に驚いたが、冷静に考えてクラウスが罠だと気づかない可能性の方が低いよな。
こちら側が完全におびき寄せた前提で動いていたが、この情報から誘い込まれているのは俺達ってことの可能性がでてきた。
「枢機卿が自ら古代遺跡に赴いているのか。その情報が本当なら……完全にクラウスにハメられているかもな」
「教会の人間でなく、他の人間も集められているかもしれませんし、古代遺跡に向かうのはやめた方がいいと思いますよ」
「忠告はありがたいが、ここで退く選択肢はない。待ち構えられているのを考慮しても、ここで叩くのが一番戦力が薄いだろうからな」
「……そうですか。そういうことでしたら、私からこれ以上クリスさんの行動に口を出すことはしません。地位のために【剣神】に媚を売っている枢機卿ですが、実力に偽りはありませんからくれぐれも気をつけてください」
前回もそうだったが、教会側の人間でありながら情報を流してくれるのは本当にありがたい。
本当に心配してくれているのも伝わるし、簡単に死ぬことだけはできないな。
「ああ、くれぐれも気をつけるよ。……ただ、一つ気になったんだが、教会の人間って戦うことができるのか? グラハムは王国騎士団の団長の息子だから戦えるのは分かるが、他の神父たちは戦闘能力皆無に近いだろ?」
「いえいえ、そんなことありませんよ。私はただの【神官】の適性職業を授かりましたが、それでも回復魔力の伸びが圧倒的に抜けていますからね。今回、枢機卿が連れて行った神父は全て【高位神官】です。仰る通り、一対一での戦闘能力は皆無に等しいですが、多人数戦において回復魔法を扱える人間がいるというのは非常に厄介だと思いますよ」
今の発言でなんだか色々と気になる言葉が飛び交ったのだが……俺が特に引っかかったのは回復魔力という単語。
俺が知り得ているのは魔力というものだけで、その魔力に種類があるなんて聞いたことがない。
【高位神官】についてや回復魔法に関しても聞いてみたいが、まずは回復魔力について聞いてみようか。