第389話 感謝の言葉
使わせてもらった部屋を綺麗に掃除し、まとめた荷物を持って部屋を後にする。
部屋を出るとイザベルが玄関前まで見送りに来てくれていた。
「短い期間だったけど本当に世話になった。この恩は絶対に忘れない」
「別に気にしなくていいですよ。ヘスターとは仲良くさせてもらってましたし!」
そういえばヘスターとはちょいちょい買い物にも行っていたし、家にいる時も二人で会話していた場面が多かった。
ヘスターは基本的に俺とラルフの男二人と過ごしている訳で、久しぶりに女の人と身近に生活できて接しやすかったのではないかと思う。
「それに関しても感謝してる。パーティじゃヘスターだけが女だし、イザベルと仲良くできたのはヘスター的にも良かったと思う」
「感謝されようって打算的に仲良くした訳じゃなかったですけど、ヘスターが喜んでるなら良かったです! またいつでも遊びに来てください」
「ああ。また何か困ったことがあったら頼らせてもらうかもしれない。……それと、少ないかもしれないが宿泊費だ」
「いやいや! そんなのいらないですって」
手も首を横に振っているが、目だけはしっかりと俺の手元を注視している。
このまま引き下げたらどんな反応をするのか少し気になったが……流石に恩人にそんな悪戯はできない。
いらないとジェスチャーしているイザベルの手を掴み、俺は無理やりお金を握らせた。
「えっ!? 受け取れないですよ!」
「構わない。無理に泊めてもらった訳だしな」
「で、でも、流石にこんなには頂けないです!」
「貰えるものは貰っておいた方が良い。俺達はこれでもランクが高い冒険者だからな。……まぁどうしてもいらないって言うなら返してもらうけどよ」
「い、いりませ――うー、やっぱいります! クリスさん、ありがとうございます!」
「見ず知らずの俺達を良くしてくれたお礼だ。何か美味しいものでも食べてくれ」
俺はそう言い残してから、深々と頭を下げたイザベルに見送られながら家を後にした。
さてと、これからまずは何をしようか。
情報の精査はヘスターが宿を見つけてからにするとして、買い出しか教会へ向かうかだが……。
いや、先にお礼参りを済ませてしまうか?
実質的に世話になったのはイザベルだが、イザベルを紹介してくれた孤児院のウゼフにもお礼をしたい。
うーん、どう回るのが正解なのだろうか。
少しだけ立ち止まって考えた後、回る順序を決めた俺はまずは買い出しから行うことに決めた。
買う物は『フォロ・ニーム』に向かう際に必要な食料や道具、後は対クラウス戦で役立ちそうな戦闘アイテムも買っておきたい。
とは言うものの、ボルスさん達に紹介してもらった店である程度の買い溜めはしてあるし、基本的には保存の効く食料や道具がメイン。
あとは猛毒の薬か何かが売っていないかだけは見ておきたいな。
ミルウォークが特別だった可能性のが高いが、【毒液】の効果があまりにも感じられなかった。
まずは毒を探しに薬屋か錬金術師屋に行くとしよう。
一番最初に向かう場所の目途を立てた俺は、メインストリートに店を構えている『ラカンカ』という薬屋にやってきた。
基本的に体を治すための薬しか売っていないため、毒の入手はあまり期待できないのだが……。
以前『ガッドフォーラ』の店主のトリシャから、腕利きの薬師は錬金術師よりも猛毒を取り扱っていると聞いたことがあった。
“毒薬変じて薬となる”という言葉がある通り、猛毒も使い方によっては有益なものに変わる例はそう珍しくないらしい。
そんなことから、俺は錬金術師屋よりも先に薬屋へとやってきた。
『ラカンカ』はメインストリートに店を構えているのにも関わらず、店自体はかなり質素な造りとなっている。
ただシンプル故に洗練された感じを受け、俺は豪華絢爛な造りな建物よりかは何倍も信頼できるな。
店の中に入るとすぐに植物の匂いが鼻を衝いた。
ポーションも似たような匂いだが、複数の匂いが混ざり合ったケミカルな感じがして俺はあまり好きではない匂い。
上手く言い表せないのだが、人工的な植物の匂いというのが一番近い表現かもしれない。
そんな店内はそこそこの賑わいを見せてはいるものの、他の人気店のように人で溢れ返っているという訳ではなく、計四人とメインストリートの店にしては少ない気がする。
店員もあれこれと動き回っておらず、勘定場で立ち止まっているだけ。
雰囲気的にも金銭のやり取りを行うだけの店員といった感じだろう。
あまり当てにはならなそうだし、自分で店内を一通り探して見つからなければ聞いてみるとしよう。
そう決め、俺は様々な薬が置かれている棚を細かく見て行くことにした。
それから店の端から一通り見て回り、大雑把にだが全ての薬を見たはずだが、やはりというべきか毒薬は置かれていなかった。
当たり前といえば当たり前なのだが、せっかく店にまで来た訳だしあまり信用ならないが店員に尋ねてみるか。
会計を行っていた客が店を退店したところを見計らい、俺は勘定場にいるこの店唯一の店員に声をかけた。