第379話 心配
【能力解放】と【狂戦士化】のせいもあってか、痛みも疲れも酷い状態だが【痛覚遮断】を使って無理やり体を動かす。
バハムートの洞窟では帰りのことも考えなければいけなかったのに対して、ここは王都の中。
闇市場という中心街から外れた場所にあるものの、十数分もあれば中心街に戻れるしその道中に魔物もいない。
そう考えると、まだ体を動かすことができる。
「それにしても酷い体ね。全身血まみれで臭いも酷いし、できることなら一緒にいたくない」
ミエルにそう言われて自分の体を見てみたが、確かにおぞましいほどの血で染まっていた。
相手は全て悪人だったとはいえ、流石にやり過ぎていたと今更ながら思う。
【狂戦士化】状態で自分の意識ではないのだが、段々と枷のようなものが外れて来ている気がするし、今回はハッキリと記憶が残っているだけに自分で自分が少し恐ろしい。
「全部人間の血だと思うと確かに酷いな。色々と悪い」
「……改めて謝られるとなんか変な感じがするわね」
「それよりも、ミエルは体に変化はないか? 言ってなかったんだが、ミルウォークと戦った際に広範囲に毒を振りまいたんだ」
「えっ、何それ!? 血まみれの体なんかよりも大事なことじゃない! 今のところ体に変化はないけど、言われてみればちょっと体がダルいかも……」
「なら大丈夫だな。振り撒いた毒は体の痺れと痙攣を引き起こすもの。体がダルいのは疲れだろ」
一応気をつけて【毒液】のスキルを使ったけど、万が一ミエルにも影響があったら悪いと思っていたが……この様子なら【広範化】の範囲外だったようだな。
パッと見る限りミエルには傷一つないし、心身共に無事なようで良かった。
「えっ? じゃあ体が痺れてき――」
「いらない嘘を吐くな。こんな話をしてないでさっさと外に出ようぜ。他の場所が気になる」
「確かに他のところも気になるわね。ここが一番の激戦区だったのは入る前に聞いていたけど、他も『アンダーアイ』のアジトなだけあって危険は危険なんでしょ?」
「ああ。ヘスターとラルフの方は大丈夫だろうが、王国騎士団のところはやられててもおかしくない。……実際、アレクサンドラの実力はどんなもんなんだ?」
「私も詳しくは知らないけれど、馬鹿王女に戦闘を教えたのは三番隊の隊長って聞いたことがあるから、それなりには強いんじゃないのかしら?」
アレクサンドラはシャーロットの指南役的な立ち位置だったのか。
道理でシャーロットが愛称で呼んでいた訳だ。
だとするなら、そこまでの心配はいらないだろうけど……生命反応的に幹部の一人が王国騎士団側の建物にいたはず。
なにはともあれ、一度外に出るとしよう。
俺が惨殺した構成員の死体を避けながら下の出口へと向かい、フラフラの体を必死に動かして外へと出た。
ミルウォークにはかなり手こずったイメージがあり、既に外で待機していている人がいてもおかしくないと思っていたのだが、敵味方含めて誰一人として外には見えない。
「……私達が一番最初なの? かなりの時間戦ってた気がするけど」
「分からないけど、誰も見えないってことはそうなんだろ」
「とりあえずどこの建物から向かうの? やっぱり心配って言ってた王国騎士団に任せた建物?」
「そんな訳ないだろ。手伝ってもらって悪いとは思うが、正直王国騎士団の連中がどうなろうとどうでもいい。特段心配はしていないが、ヘスターとラルフに任せた建物から見に行く」
「だとは思ってたけど、非情というかバッサリしているね。…………ほら、音を聞く限りだと手前の建物から戦闘音が聞こえるわよ」
ミエルの言う通りで非情と言われれば非情かもしれないが、俺の中では明確に命の順位がある。
王国騎士団の百人とラルフ、ヘスターの二人のどちらかしか助けられないと問われたら、俺は迷いなくラルフとヘスターを助けるしな。
「知らん。まずはラルフとヘスターのところからだ。ミエルがそこまで心配って言うなら、一人で先に応援に駆けつけてもいいぞ」
「え? うーん……やめとく。危ないし」
人を非情扱いしておいて、結局自分も助けにはいかないことに苦笑してしまうが、まぁ何よりも大事なのは自分の命だもんな。
そんな中でミルウォークとの戦闘では助けてもらったし、無駄にミエルの発言に突っ込むことはせず、俺たちはラルフとヘスターが向かった建物へと入った。
外からでも戦闘音が聞こえていた手前の建物とは違い、中に入っても何の音もしない。
無音すぎるのも逆に心配になるが、【生命感知】で生命反応を見る限りはラルフもヘスターも生きているのが分かる。
そして俺の言いつけを守っているようで、構成員は殺しておらず戦闘不能で留めているのが分かった。
「クリスが心配していないって言っていただけあって、完全に制圧できているんじゃない? ちらほらと倒れている『アンダーアイ』の構成員が見えるし、あの倒れてるのってラルフとヘスターが倒した奴らでしょ?」
「多分そうだと思う。反応的に四階にいるようだから急いで上に行くぞ」
「さっきから階段を上がったり、下りたりで本当忙しい」
文句を垂らしているミエルは放っておき、道中で倒れている構成員を無視しながら急いで二人のいる四階へと向かった。