第369話 爆発
何か危険な臭いを感じ取っていたが、まさかこんな大仕掛けだとは思っていなかった。
部屋の中に爆弾が仕掛けられていたのか、それともミエルの【ヘイルバレッド】に合わせて爆発の攻撃を合わせたのか。
……いや、確実に手前の部屋からは人の気配がなかったし、生命反応が動いている様子も見受けられなかったから部屋に爆弾を仕掛けていたはず。
わざと手薄にして引き入れ、踏み込んだところに爆弾で一掃するつもりだったのか。
情報が漏れていないと仮定すると手際の良さに驚きを隠せないが、『アンダーアイ』の幹部以上ともなればそれくらいやってくるだろう。
とにかく勘とはいえ無傷で回避できたことだけを喜び、気を取り直してあの部屋の先にいる人間を始末しに動く。
「えっ、もう動くの? まだ足が若干震えているんだけど」
「逃げられたら元も子もないからな。ついて来れないならここで待っていてもいいぞ。ミエルにはもう十分な働きはしてもらった」
「……ついていくに決まっているでしょ。今の爆発で確実に至るところから人が来るし、一人で待っていたら恰好の的になる」
「確かに待っている方が危険なのか。なら、サポートは頼んだ。後方からの敵にも注意を向けてくれ」
「あーあ。別に期待してなかったけど、やっぱり無理やり戦うハメになった」
ミエルは文句を垂れているが、軽口を叩けるなら特に心配しなくても大丈夫だな。
爆発から回避するために降りた階段を再び上り、先ほどの部屋へと急いで向かう。
建物に入ってから微動だにしていなかった強い二つの生命反応だが、流石に動きを見せていて爆発の起こった部屋へと移動している。
侵入者が死んだかどうかの確認を行っている――そんなところだろうか。
「んー、死体はないですね。爆発で消し飛んだのでしょうか?」
「ド派手だがそんな威力の爆弾じゃねェ! プラチナ冒険者以上なら生き残るように調整してあるんだからなァ!」
想像していた通り、部屋の中からは確認を行っている声が聞こえてくる。
敬語の女の声と、声量が大きくなったり小さくなったりと声だけでもイカれた奴だと分かる男の声。
「……くっそ。やっぱりこの建物にいるんじゃん」
「部屋の中にいるのが誰か知っているのか?」
ミエルが中の人物を知っているかのような口調で独り言を漏らしたため、すかさず誰かなのかを尋ねた。
「もう目の前だしわざわざ教える必要もないと思うけど、中にいる男の声は『アンダーアイ』のリーダーのミルウォーク。一回しか話し声を聞いたことないけど、この気持ちの悪い声を聴いてすぐに思い出した」
『アンダーアイ』には、幹部であるブルーデンスしか女は所属していない。
つまり女の方はブルーデンスで確定であり、そのブルーデンスが敬語ってことは男の方はミルウォークだろうと予測していたが……。
ミエルのこの発言からも、この部屋の中にいる男は『アンダーアイ』のリーダーであるミルウォークで確定だな。
最大のチャンスであり、幹部のブルーデンスと共にいるピンチでもあるこの状況。
下の階層からもぞろぞろと構成員たちが向かって来るようだし、時間の猶予も僅かしかない。
先ほどの爆発といい、このヒリつくような感覚に否が応でも燃えてくる。
「リーダーのミルウォークがいるっていうのに随分と嬉しそうね。……とんでもなく口角が上がってるわよ?」
「気のせいだ。早く中に入ってケリをつけよう。雑魚敵も寄ってくる」
話すのはこの辺りに留め、早く中に入って戦闘を行わなくてはいけない。
ミルウォークやブルーデンスとも軽いやり取りがしたいところだが、部屋に入るなり攻撃を仕掛けることに決めた。
ミエルに頷いて合図を送ってから、俺はヴァンデッタテインを引き抜いて部屋の中へと突入。
部屋の中には、以前横の建物から覗き見た時にいた白髪の女——ブルーデンスと、顔の半分が深い傷によって潰れている男——ミルウォーク。
ブルーデンスは攻撃を仕掛けてきた俺のことを見て驚いた表情を浮かべていたが、ミルウォークはまるで攻撃を仕掛けてくるのが分かっていたかのように、舌を出して口が裂けるのではないかと思うほど大口開けて笑っている。
目は完全にキマっており、視線がバッチリと合ったこともあり思わず動きを止めてしまいそうになるほど不気味な容姿。
街中で見かけたら完全に避けているだろうが、今回はこいつを殺さなくてはいけない。
二人の位置を頭に叩き込み、斬りかかりながらも【聴覚強化】と【音波探知】を発動。
そして、耳で動きを捉える準備を整えたところで――俺は【黒霧】を発動させた。
ただでさえ爆発で煙かった部屋が一気に漆黒の霧で包まれる。
完全なる初見殺しで対応するのは不可能に近いこの一手。
生命反応的には若干ブルーデンスの方が強いが、危険なのは確実にミルウォークの方。
狙いをミルウォークに定め、【黒霧】の闇に乗じて一気に背後へと回り込む。
そして、首を落とす勢いでヴァンデッタテインを振ったのだが――ミルウォークは俺の動きが完全に視えているかのように頭を下げて躱すと、俺の攻撃を躱すだけでなく帯刀していたダガーで攻撃を仕掛けてきた。
俺は音波を使って耳で見ているのに、なんでこいつは正確に俺の位置が分かるんだ?
疑問しか浮かばないほど正確に攻撃を繰り出してくるミルウォークの攻撃を避けていると、【黒霧】の対処法に気づいたのかブルーデンスが風魔法を使用。
あっという間に漆黒の霧は晴れ――初見殺しに近い、俺の【黒霧】による奇襲は失敗に終わってしまった。