第367話 突入
アレクサンドラは門番のような男たちの言葉に一切返事をせず、ただ黙って睨みつけていた。
俺は合図が出るまでは一切口出しせず、いつでも動ける準備だけは整えておく。
「黙ってちゃ分からないぜ? 遊びたいなら遊びたいって言った方がいい。騎士なんて堅苦しい職に就いてたら、遊んだこともないだ――」
門番の男の一人がアレクサンドラの肩に手を置こうとしたその瞬間。
男の腕を掴むと、そのまま捻り上げるように投げ飛ばした。
腕は曲がってはいけない方向にねじ曲がり、二メートル近くある男の体はあまりにもあっさりと回転しながら飛んだ。
闇市場の入口に男の悲痛な叫び声が上がる中、俺はアレクサンドラの動きだけに注視し――ゴーサインが出た瞬間に門番の男たちの横を抜けて闇市場の中へと侵入した。
「ラルフ、ヘスター。ついてこい」
「大丈夫! しっかりついていくぜ!」
「……こんな強引なやり方なんですね」
中へ入った俺達を捕まえようと他の門番たちは追いかけようとしてきたが、背を向けた瞬間に他の王国騎士たちに取り押さえられ、闇市場の入口付近は無傷で鎮圧できた模様。
門番の声を聞きつけてぞろぞろと他の奴らも集まり始めているが、ここは王国騎士に任せて『アンダーアイ』の拠点を目指す。
先に中へと入った俺達に続き、アレクサンドラたちも半分の騎士を引き連れてついてきており、隊を分断させられながらも上手いこと……。
いや、隊が分断させられたのではなく最初に話していた通り、隊の半分を入口に残した形になっているのか。
アクシデントっぽく映ったが、アレクサンドラはキッチリと作戦を遂行してくれた。
流石に王国騎士団の隊長なだけあり、こういった陽動はお手の物だな。
アレクサンドラの動きに関心しつつも、まだ人の多くない闇市場の中を駆けて一直線で『アンダーアイ』の拠点を目指す。
後ろをついてくる王国騎士団と離れないように注意はしているものの、俺は森の中を駆け回っていた経験があり、ラルフとヘスターは言わずもがな人の多い街の中で盗人をしていただけあって動きが速い。
もどかしさを感じつつも、王国騎士団の動きに合わせて速度を極限まで緩め、全員引き連れた状態で俺が以前訪れた建物の密集地帯へと辿り着いた。
建物付近には見張りはおらず、以前来た時以上に物静かな雰囲気だが……キッチリと索敵スキルには強い生命反応が幾つも感じられる。
「クリスさん。この建物に『アンダーアイ』がいるんですね?」
「ああ。今も索敵してみたがしっかりと反応を感じられる」
それから俺は一番強い反応を探してみたのだが、前回白髪の女がいた建物に強い反応が二つが感じ取れた。
ブルーデンスだけでなく、ブルーデンスと同程度の生命反応が同じ建物から感じ取れる。
幹部なのか、はたまたシャーロットが上手いことやってくれてミルウォークがいるのか。
どちらにしても、ここは絶好機と呼べるだろう。
それと今は関係ないのだが……記憶違いかとも思っていたが、ちゃんと白髪の女がいた建物の屋上から緑色の布が垂れていて少し安心したのは心の内に留めておく。
「索敵? 『アンダーアイ』がいるかどうかまで分かる訳がないだろ!」
「俺には分かる。何も分からないなら黙ってろ」
「なんだと! 俺は王国騎士だぞ! 王女と仲が良いだけのただの一般人が生意気――」
「ブルースッ! 敵の拠点の前だ。いい加減切り替えろ。……次はないぞ」
「も、申し訳ございません」
アレクサンドラの冷徹な声にブルースは背筋を伸ばした。
「それでどう動くのでしょうか? シャーロット王女からはクリスさんのサポートをしろと言われておりますので、私達はクリスさんの作戦に従わせて頂きます」
「なら、俺たちは奥側の二つの建物の制圧にかかる。王国騎士には右側手前の一つを制圧してほしい」
「えっ? 三人で二つの建物を制圧しにかかるのですか?」
「そもそもそっちも数は多いけど、アレクサンドラとギルモアと……そのブルース以外は戦力として数えていないからな」
「そういうことでしたら……分かりました。右側手前の建物は私達王国騎士団が制圧にかからせてもらいます」
「――あっ、やっぱ一人だけ借りてもいいか? ……ミエル、隊の最後尾に隠れてても見えているんだよ。こっちを手伝ってくれ」
ここまで一言も発さず、目立たないよう空気のようについて来ていたミエルだが、俺が逃すはずもなく手伝うように声をかけた。
見つかってしまったと言わんばかりに表情を歪めたものの、抵抗しても無駄だと悟ったのかミエルは大人しく前へと出てきた。
「なんで私なのよ。激しい戦闘なんて御免だし、外で待機していたいのに」
「シャーロットから手伝えって言われているんだろ? ミエルならある程度は理解しているし邪魔にならないからな。こっちを手伝ってくれ」
「私からもお願いします。四人で二つの建物と考えれば、安定感は大きく変わりますので」
「……分かったわ。その代わり前衛は死んでもやらないから」
隊長であるアレクサンドラからもお願いされ、渋々ながら了承したミエル。
ミエルには俺の方についてきてもらうとして、これで何か予期せぬトラブルがあっても対処しやすくなったはず。
動きの確認も終えたことだし、後は『アンダーアイ』の拠点を制圧するだけだな。