第365話 高鳴り
予想していたよりもスムーズに事を運ぶことができそうで良かった。
シャーロットもすぐに動いてくれていたみたいだし、『アンダーアイ』への襲撃に対して王国騎士団の派遣まで手回ししてくれていた。
話し合いの最中でも思った通り、戦力のほどには期待することができないが大義名分を得られることが大きい。
流石に当日襲撃ではなかったが襲撃は明後日の昼間と時間はほとんどないし、一度戻ってからしっかりと準備を行うとしよう。
「トントン拍子で事が進んで行きますね。もう止まれないと思うと少し怖いですが、『アンダーアイ』との戦闘にワクワクしている自分がいることに驚いています」
「ヘスターがそんなこと言うの珍しいな」
『レモンキッド』を出て、真夜中の王都の街を歩きながらヘスターが急にそんなことを言いだした。
話し合いの場では一言も言葉を発していなかったし、第一声がこれだったから余計にそう感じる。
「俺もワクワクしているぜ! クリスと王女の話を聞いてたら、ようやく最終決戦って感じがしてきたし……今までの成果を発揮する場面ってことだろ? テンションが上がらない訳がない!」
「ラルフと同じなのは少々不服ですけど、概ね同じ考えですね。ずっと追いかけていたクラウスの背中がようやく見えた気がします。……まぁまだ顔すら見たことないんですけど」
良いことなのか悪いことなのか分からないが、二人ともかなりテンションが高まっている様子。
本番は明後日だし、その明後日も本番といっていいのか分からない。
今の内からこんなテンションだと、疲弊し切らないかとの心配が勝ってしまうが……。
流石にそこまでの心配をせずとも、自らのコントロールぐらいはできるか。
「拠点のような建物が三つあることから、当日は一緒に行動することはないと思う。そこだけは頭に入れて置いてくれよ」
「えっ? 三人別々で行動するってことか? ……確かに言われてみれば、三つの建物を一気に叩かなくてはいけないんだもんな。一人一つの建物を攻め込む――少しも考えていなかったわ!」
「一人一つって言うか、俺が一つ目の建物。ラルフとヘスターには二つ目の建物を任せて、三つ目の建物は王国騎士団とミエルに任せたいと考えている。だから三人がバラバラっていうよりも、俺と二人が別行動って感じだな」
ラルフとヘスターに任せておけば、制圧してくれるという安心感はある。
俺が一番強い生命反応を持つ人間のいる建物に攻め込むつもりだし、俺が下手を打たない限りは上手く回るとは思うが……ここで一番心配なのは王国騎士団側。
ミエルがいれば上手くやってくれそうな感じもあるけど、如何せん信用に足るまではいかない。
ラルフが最初に言った通り、三人バラバラの建物に入ってそれぞれに王国騎士団のサポートを受けるって考えも頭を過りはしたが、それはそれで上手くいきそうにないからな。
「私とラルフの二人ですか……。クリスさんは一人でもなんとかやれそうですがラルフと二人……」
「不安になったとか言わないでくれよ。レアルザッドで話し合った時に、ラルフとヘスターが信頼して任せてくれって言ってきたんだ。俺は二人を信頼しているしやってくれると信じている」
「――ッ! 当たり前だ! 不安なんか一切ないし、俺とヘスターでバッチリ制圧してくる!」
「私も大丈夫です。キッチリと『アンダーアイ』の拠点を制圧しますよ」
拳を握り絞め、力強く宣言してくれた二人。
……うん。これなら一切の心配もいらないな。
問題はやはり王国騎士団側だけ。
戦闘開始前にミエルとは連絡を取り合って、事前に色々と話し合った方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、イザベルの家へと戻ったのだった。
『レモンキッド』での話し合いの翌々日。
昨日はメインストリートで買い物を済ませて早めに就寝し、万全の状態で朝を迎えた。
数時間後には闇市場でバッチバチの戦闘が行われるのだが、そんなことを微塵も感じさせないほど穏やかな青空が広がっている。
「もう起きてたのか。昨日はよく眠れたか?」
「私はなんとか眠ることができました。半分以上は目を瞑っていただけって感じでしたけど、体の疲れも眠気も一切ないです」
「俺はグッスリと眠れたぜ! いつでも戦える万全の体調だ!」
「それなら良かった。それじゃ準備を整えてから……すぐに闇市場へ向かうとしようか」
「まだ朝ですが、早めに向かうんですか?」
「ああ。昼から攻め込むとは言われているが、王国騎士団側が動く時間を正確に把握している訳じゃないからな。早めに闇市場周辺に辿り着いておいて、身を潜めながら王国騎士団が来るのを待とうと思っている」
「ふひー、もう動くってことか。分かった! すぐに準備を済ます!」
二人に準備をするように促してから、俺もすぐに出発できるように準備を整える。
寝る前にやるべきことは済ませていたため、着替えるだけで準備は終わり……大きく息を吐く。
――よし、向かうとするか。
イザベルの家を後にし、ラルフとヘスターと共に闇市場へと歩を進めたのだった。