第353話 来訪
裏通りで『アンダーアイ』とやり合った日から、約三日が経過した。
なぜ“約三日”なのかというと、話し合いを終えてから泥のように眠ったため日にちの感覚がおかしくなったから。
ラルフとヘスターも酒のせいで俺と同じぐらいの時間眠っていたらしく、三人揃ってこの約三日間は部屋に閉じこもっていた。
どちらにせよ『アンダーアイ』との一件のせいで外に出歩くことはできないし、しっかり寝て過ごせたというのは良いことだったのかもしれない。
そんな風に約三日間ゴロゴロと自堕落に過ごしていたことを自分の中で肯定しつつ、今日は流石に外に出ようと準備を整えていると……急に部屋の扉が叩かれた。
まず頭に思い浮かんだのは、もちろんのこと『アンダーアイ』。
テーブルでだらけていたラルフとヘスターも俺と同じ考えに至ったようで、立ち上がって身構えている。
ハンドサインで二人に警戒の合図を送ってから、俺が来訪者の対応をすることに決めた。
急な来訪者に良いイメージがないのだが、シャーロットの使いの可能性もあるため慎重に対応する。
『七福屋』のおじいさんには酷い対応を取ってしまったため、その失敗を活かすべく急に襲うことは避けて動く。
「こんな時間に誰だ? 特に誰とも約束していないんだが」
「……開けてちょうだい。私はミエルよ」
「――ミエル? 聞き覚えがないな」
ミエルという名前を聞き、すぐに扉を開けそうになったが騙っている可能性もある。
俺はグッと声のトーンを落とし、扉越しに何度かやり取りを行うことにした。
「その声クリスでしょ。このやり取りが面倒くさいから早く開けてよ」
「何の目的でここに来たんだ?」
「馬鹿王女から使いを頼まれたのよ! というか、呼んだのはそっちでしょ?」
……これは流石にミエルで間違いないか。
口調や馬鹿王女という単語からも、疑う余地がないと判断した俺は扉を開けることに決めた。
「結局、普通に開けるし普通にクリスじゃない! さっきの下手な芝居は何なのよ」
「いいから中に入ってくれ。情報交換の際に色々と説明する」
「……また面倒くさいことに巻き込まれているの? 私はあくまでも使いで来ているだけだし巻き込まないで頂戴よ」
「善処するが恐らく無理だろう」
入口でそんな軽口を叩きつつ、ミエルを部屋の中へと招き入れた。
一応極秘ということもあって変装をしており、『アンダーアイ』が身に着けている黒ローブとはまた違ったタイプの黒ローブで、顔も変装魔法によって別人の女へと変化させている。
「ん? その人は誰なんだ?」
「ミエルだよ。変装魔法で別人の顔に成りすましてるんだ」
「本当か? もしかしたらそう言っているだけで別人だったりして……」
「ラルフは流石に勘がいいわね。――正解よ。実は私は……」
面倒くさいノリを始めたミエルに軽くチョップを入れ、とにかく話を進めるために椅子へと座らせた。
「さっさと本題に入るぞ。シャーロットの使いで来たってことは伝言を預かっているんだよな? 教えてくれ」
「わざわざ王都から来たっていうのに、お茶の一つも出してくれないわけ?」
「この部屋にはお茶なんてないからな。……あっ、酒ならあるが飲むか?」
「いるわけないでしょ! というか、三人もお酒とか飲むのね」
「まぁ色々とあってな。酒が飲めないなら出せるものはないぞ」
ラルフとヘスターが飲み残した酒の処理を頼もうと思ったのだが、あっさりと断られてしまった。
まだ酒樽の半分以上残っているのにも関わらず、二人ももう飲む気がないようなんだよな。
まぁ最悪、『七福屋』のおじいさんにでもあげればいいか。
「とんでもない二択ね。そういうことならもういいわよ。話をさせてもらうわ」
「ああ。よろしく頼む」
「馬鹿王女から預かってる伝言は二つ。一つ目はまだ王都に来ない方が良いということ。この間王都でも話したけれど、『アンダーアイ』が活発に動いているのよ。目的もクリスみたいだし、落ち着くまでは王都からは離れていた方がいいわ」
「二つ目の伝言はなんだ?」
「そっちから連絡を取りたい時は、『レモンキッド』というお店を通してくれとのことよ。あの情報屋を通じてやり取りしたけれど、すぐに足がついてしまう可能性があるからね」
なるほど。基本的には待機の指示を改めて伝えさせにきたって感じか。
……ただ、この短い期間で俺達の考えは大分変わってしまった。
レアルザッドに潜伏していることは向こうにバレているし、クラウスのみならず『アンダーアイ』ごと潰すつもりでいる。
わざわざ伝言を伝えに来てくれたところ悪いが、このままミエルと共に王都に乗り込むつもりだ。
「二つの伝言はしっかり伝わった――が、大きく事情が変わっていて俺達はミエルについて王都へ向かうつもりでいる」
「……は? 今の伝言を聞いてなんでそうなるのよ」
「もう既に何度も襲われているんだよ。だから、『アンダーアイ』も潰すことに決めた」
「ずっと思ってるけど本当に頭がおかしいわね。クラウスだけでなく『アンダーアイ』まで一辺に敵に回すつもりなの?」
「向こうから仕掛けてきているからな。そういうことだから、一緒に王都に行かせてもらうぞ」
「………私がいくら反対しようが、もう決定事項なんでしょ? なら無駄に疲れるだけだから止めるつもりはないわ」
半分諦めてと言った形だが、ミエルの了承を得ることができた。
王都へ着いたらシャーロットと連絡を取り合いつつ、まずは『アンダーアイ』を潰す。
そこからは時間を置くことはせず、クラウスとの最終決戦。
これからの起こることを思考し、心臓が高鳴り口の中がカラッカラの状態で――俺達三人は顔を合わせて頷き合ったのだった。