第348話 二人の敵
ウッドの手に持たれているのは盾と斧。
見た目から想像するに、ラルフと同じ騎士系の適正職業な気がする。
超速で攻撃を仕掛けてきたダインとは打って変わって、ゆっくりと摺り足で距離を詰めてくるウッド。
その戦闘速度の差に感覚がおかしな感じだが、遅いならばまだこちらの尺度で対応できる。
逆にウッドと戦闘した後にあの超速の攻撃を行われていたら、緩急で対応できなかったかもしれない。
ゆっくりと近づいてくるウッドを見ながらそんなことを考えていると、互いの距離が詰まり間合いへと踏み込んできた。
ただウッドから仕掛けてくることはなく、俺の間合いに入っても尚突き進んでくるため――俺から攻撃を仕掛けることに決めた。
ダインに対しては小回りの利く鉄の剣が有効だったが、ウッドに対してはヴァンデッタテインが正解。
様子見としてルーンを発動させはしなかったが、吹っ飛ばす勢いで俺はヴァンデッタテインを振り下ろした。
手に伝わる感触も完璧だったのだが、俺の攻撃を待っていたウッドの盾に攻撃は阻まれ、即座に返しの斧での攻撃が飛んでくる。
剣を振り下ろした状態から即座にバックステップに移行、ウッドの振った斧は空を切ってそのまま地面へと叩きつけられたその瞬間――。
爆発音に近い衝撃音と共に地面は抉られており、俺が先ほどまでいた場所から砂煙が舞っていた。
「爆発属性の武器か? それともスキル?」
「……答える義理はない。ただ、貴様の動きはかなり良かったぞ」
ローブの下から白い歯が見え、ウッドは笑顔でこの台詞を言っているのが分かる。
ルーンもスキルも発動させていなかったとはいえ、本気で斬りつけたのに怯む様子はなしか。
盾で完璧に防がれたし、返しの攻撃もまともに食らったら致命傷になっていたであろう一撃だった。
ダインのスピードも凄まじかったが、ウッドは単純に戦闘能力が高い。
……まだ互いに一撃ずつ打ち合っただけだが、カルロと同程度の実力があるように思える。
これがただの一構成員だったら恐ろしい組織だが、何はともあれ出し惜しみしているとやられる可能性があるな。
戦闘スキルを発動させ、俺は更にヴァンデッタテインに魔力を流し込んだ。
「……雰囲気が変わった。さっきの一撃は本気ではなかったってことか?」
「こちらも答える義理はないな。せめて数分は持ってくれよ?」
先ほど言われた台詞と同じ台詞を言い返してから、今度は俺の方から距離を詰めにかかった。
斧の攻撃だけには気を付けつつも、動きを読まれないよう体を左右に動かしながら攻撃を開始。
この動きは分身を使ってきた男のフェイントを真似たもの。
完全な見よう見まねだが、【疾風】【隠密】【消音歩行】を発動させるだけで自死した男のよりも読みづらい動きになることは実証済み。
ウッドに狙いを絞らせないようにフェイントを織り交ぜてから、太腿を目掛けて袈裟斬りを放つ。
バランスを崩しつつも、なんとか俺の動きについてきたウッドだったが……そもそもヴァンデッタテインと盾の性能の差が違いすぎた。
斜めに振り下ろしたヴァンデッタテインに合わせ、盾を下から突き上げるようにガードを図ってきたウッドの盾をド真ん中から裂き――そのままウッドの右手ごと太腿を深く斬り裂く。
丸太のように太い腕は盾を持ったまま地面へと落ち、太腿は両断とまではいかなかったが靭帯が切れたのか膝から力なく崩れ落ちた。
駆け引きなんて一切要らなかったと思うほどの圧倒的な一撃。
初めて人間相手にヴァンデッタテインを振ったが、伝説の武器と称される理由が分かった。
この一本の剣だけで戦況をひっくり返すことのできるということを改めて確信できたな。
ヴァンデッタテインのパワーだけで倒してしまったため、強いかどうか定かではないのだが……恐らく相当な力を誇っていたであろうウッドにトドメを加える。
右腕を盾ごとなくし、右足は少しも動かせない状態。
それでも残っている左腕を必死に振りかぶろうとしているが、バランスの悪い状態で俺よりも先に攻撃できるはずがなく――奥から聞こえるダインの叫び声に近いものを無視し、俺はウッドを左肩から腰まで綺麗に両断した。
裏通りの路地裏に鮮血が舞い、普段は静かな場所でダインの叫び声が鳴り響く。
ダインは既にローブを脱いでいるため、月の光によってその姿が鮮明に見えている。
体格や声からなんとなく察していた通り、顔立ちも非常に幼く俺やヘスターよりも年齢が若い。
髪色は鮮やかな金色で、整った顔立ちも相まって『アンダーアイ』とは結びつかないような風貌。
綺麗な碧色の瞳には涙が溜まっており、何やら叫んでいると思っていたがウッドの死を悲しんでいる様子。
一人で行かせていたし、『アンダーアイ』の組織体制から考えると“泣く”という行為はあまりにも似つかわしくない行為だな。
「よくも……よくもウッドを殺しやがったなああああ!」
「お前達もいっちょ前に怒るんだな。殺しに来ておいて殺されたらキレる。これほど理不尽なことはない」
「黙れッ! お前に僕達の何が分かるんだ!」
「何も分からないし、知りたいとも思わない。御託はいいから仇を取りたいならかかってこい。その代わり……確実に殺すからな」
喚いているダインに対し、俺は殺気を込めて挑発する。
こいつらの何もかもが俺の全て癪に障るな。
傍から見たら完全に俺が悪者だろうが、そんなことは何一つとして関係ない。
『アンダーアイ』を名乗り、先に俺達を殺そうとしてきたのはこいつらなのだ。
目には目を歯には歯を。殺しには殺しで返すのが俺のやり方。