第341話 ヘスターの行きつけ
「一発目の店にしてはかなり良かった。パンも見た目は不揃いだったけど味は抜群だったしな。……パンの耳以外」
「パンの耳は確かに不味かったな! 久々に食べたけど単体ではもう食べれないわ!」
「ですね。昔はありがたく食べていたんですけど、舌が肥えてしまったみたいです」
一番美味そうに食べていたぞ――そう言いかけて、俺は口を挟むのを止めた。
なんとなく無粋だし、次に食べた時に変に意識させるかもしれないしな。
「それで次の店はどこか決まっているのか?」
「次は私が行きたいお店に行く予定です。よくお世話になっていたお店なので、クリスさんも気に入って頂けると思います」
「ヘスターおすすめの店か。ラルフよりも信頼感があるから楽しみだ」
「はぁ!? 一軒目の店、良かったって言ってたろ!」
今度はヘスターの後をついていき、次なる店へと歩を進めた。
一軒目のパン屋からもほど近い場所で、またしてもテントで行っている店。
こう考えると裏通りはテントの店が多いし、ボロボロでもちゃんとした店としての形式を保っている『七福屋』はそこそこ儲かっている方なのかもしれない。
俺が『植物学者オットーの放浪記』に魔導書も買ったわけだし、もう店を開かずとも安泰と言っていたからな。
「さぁ、中に入りましょう。クリスさんを紹介させて頂きます」
「ラルフは来たことあるのか?」
「もちろん! ここの店は何度も来たぜ!」
テントからでは何も分からず、看板も立っていないため入ってみなければどんな店なのか検討もつかない。
ヘスターについていき、テントの中に入ると……入ってすぐに鼻を衝いたのはキツい植物の香り。
怪しげな色のした液体が並んでおり、その奥には三十代くらいの女性が立っていた。
かなり見た目の整った女性であり、テントでの店に怪しげな液体が並んでいる店とはミスマッチな光景。
「シャノンさん、お久しぶりです。ヘスターです」
「……! 誰かと思ったらヘスターだったのか! 随分と久しぶりに顔を見せたじゃないか!」
最初は気づいていなかったのか真顔でこちらを見ていたのだが、ヘスターが名乗った途端に満面の笑みになったシャノンと呼ばれた店主。
ヘスターとシャノンは本当に仲が良かったようで、両手で握手するような形で嬉しそうに飛び上がっている。
「急に顔を見せなくなってすいません。元気にしていましたか?」
「ああ、もちろん! 元気にやっていたさ。ヘスターも元気にやっていたか?」
「はい! 裏通りで生活していた時も何倍も元気に過ごしていました」
「そりゃ良かったよ。後ろのはラルフと……もう一人は誰だい?」
「クリスさんです。以前、軽くお話したと思いますが覚えていませんか?」
「ああ! 例のクリスってのは君だったのか」
どうやら俺のことについては軽く話してくれていたようで、名前だけは知っていた様子。
俺はヘスターから聞いたこともなかったため、完全に初めましてだけどな。
「どうも。クリスだ」
「何度も聞いたことはあったけど、こんな人だったんだねぇ。私は裏通りで手作りポーションを売っているシャノンだ。関わりは少ないだろうけどよろしく頼むよ」
シャノンと握手を交わし、軽い挨拶を終えた。
……それにしてもポーション屋だったのか。
テント内の臭いや液体の見た目的にはそれっぽいとは思ったが、正直使いたいとは思えない見た目をしているんだよな。
黒に近い深緑色だし、当たり前だが質も高くないように見える。
「一つ質問があるんだが、ポーションってどうやって作っているんだ? 器具らしきものも見当たらないから不思議で仕方ない」
「私のところは完全お手製だね。すり鉢とすりこぎを使ってポーションを作っているんだよ」
「クリスさん! 嫌そうな顔をされていますが、シャノンさんのポーションは凄いんですよ。正直味も最低ですし、傷口に塗り込むと酷く痛むのですが効果は抜群。それになんといっても値段が破格なんですよ」
俺は怪しげなポーションに近づいて値段を確認してみると、石の上に盛られた塗り薬が銅貨三枚。
袋に入った液体ポーションが銅貨五枚と、確かに値段は安すぎる気がする。
「こんな値段でやっていけるのか? ちゃんとしたポーションなら赤字だろ?」
「さっきも言ったけどちゃんとしたポーションじゃないからね。薬草採取は旦那がやって、ポーション作りは私がやってるから費用はほとんどかかってないんだ」
「……へー。手作りパンの次は手作りポーションか。少しだけ興味が沸いてきたな。値段も安いし、ヘスターのオススメを買わせてもらおうか」
色味から使う気がおきないと思っていたが、完全お手製で効果も抜群。
おまけに値段も安いとなったら、少しは興味が沸いてくるってもんだ。
「買いましょう! オススメって感じじゃないんですけど、一つずっと気になっていた物がありまして……。今日はそれを買いに来たといっても過言じゃないんです」
「うちの商品で気になっている物? もしかしてこのポーションのことかい?」
シャノンにも何か思い当たる物があったのか、ゴソゴソと棚を探ったあとに見せてきたのは、他の汚い色のポーションではなく綺麗な鮮緑色のポーション。
思わず見入ってしまうほど輝いているようにも見える。
「なんなんだ? そのポーションは」
「リスト草って呼ばれる珍しい超万能草から作ったポーション――なんですよね?」
「ああ。たまたま採取できたリスト草から作ったポーションさ。値段もそれなりの値段に設定させてもらってるから、裏通りのこの店じゃ売れずに残ってるって訳なんだ」
「売れ残ってるって作ったのは大分昔ってことだよな!? クリス、買う前に腐ってないか確認した方がいいぞ!」
「ラルフ、馬鹿言うんじゃないよ! このポーションだけは品質が落ちないように魔法を込めてある」
「本当に余計なことしか言わないんだから! ……クリスさん、どうですか? 買ってみませんか?」
正直ラルフと同じことを思っていたため、先に発言してくれて助かった。
それにしても激安が売りの店で高価なポーションか……。
高価なポーションを買うなら表通りの店に行きたいところだが、ヘスターが買いたいと言うなら買ってみるとしよう。