第335話 不気味
さっきの分身のタネが分かってしまえば怖くない。
間合いを詰めて、分身を作り出す余裕がないほど攻め立ててしまえばいいだけだ。
ローブの男の武器が短剣なのも、敵に間合いを詰められないようにするための牽制の一つだというのが今となっては分かる。
再び【脚力強化】と【疾風】のスキルを使ってから、俺は一気に距離を詰めて斬りかかった。
分身だけでなく戦闘技術も中々のもので、俺の上段からの一撃も受け止めてきたが――短剣では防ぐのに精いっぱいで反撃を行う余地がないようだ。
「――うおっ!? 攻撃も速えぞ。くそっ、話と……全然違うじゃねぇか!」
俺は一方的に攻め立て、ローブの男が持っていた短剣を弾き飛ばしたところで、ここぞとばかりに【黒霧】を発動。
ただでさえ暗かった夜の裏通りが、一瞬にして漆黒の霧に包まれた。
一寸先すら真っ暗闇の中で、ローブの男が漏らした情けない声が聞こえる。
わざわざスキルを使わずとも位置が分かったが、念には念を入れて【音波探知】を発動。
ローブの男の位置を完璧に把握したところで背後へと回り込み、両足を深々と斬りつけた。
完璧なタイミングでの【黒霧】による初見殺し。
ローブの男が対応できる訳もなく、力なく地に伏せたのが音から見える。
動けないように足を斬りつけてはいるが、念のため【粘糸操作】と【硬質化】を使ってグルグル巻きにしてから、俺はラルフとヘスターが拠点として使っていた廃屋へとローブの男を運び込んだ。
運び込んだ男をボロボロの木の椅子に座らせ、これで情報を聞き出す手筈が整った。
ここなら多少騒がれても問題ないし、少し強引にでも情報を聞き出してやろう。
「さてと、お前には色々と聞きたいことがある。全て話してもらうから覚悟しろよ」
「……くそ。俺としたことが油断しちまった。ってか、話と違いすぎるだろ! お前は本当にクラウス様の兄なんだよな!?」
「お前に質問する権利などない。生き残りたければ俺の質問にだけ黙って答えろ。お前は誰の指示で俺を尾行していたんだ? クラウスか?」
「へっへっへ。クラウス様が俺なんかに直接指示を出すか。……残念だがな、俺達に対して死は脅しにならねぇんだわ。それじゃ、そろそろ逝かせてもらうとするかね」
フードの男はそう呟くと自分自身に対して何かをしたようで、突然喉を押さえて藻掻き苦しみ始めたあと……俺が何か処置を施す隙もなく、椅子に拘束された状態で息絶えてしまった。
なんというか……最初から最後まで気持ちの悪い奴だったな。
元々生かして返すつもりはなかったため勝手に死んだのはどうでもいいが、何の情報も引き出せなかったのは相当痛い。
本当に無駄な戦闘を行っただけとなったが、狙われているということを頭に入れておいた方がいいし、早いところ行動に移さないと向こうに先手を打たれる可能性がある。
死体を焼却する前に顔を見ておこうとローブの男のフードを剥いだが、当たり前のことだが顔を見たところで覚えがない。
特徴的な部分といえば首元に彫られた双頭の蛇のタトゥーだけで、どこにでもいそうな顔立ちだな。
一応首元の蛇のタトゥーだけは覚えておき、王都の情報屋で聞いてみるとしよう。
そこからは人目を盗んでフードの男の死体を街の外へと運び、跡形も残らないように【ファイアボール】で焼却。
全ての処理が終わるころには太陽が昇り始めており、フードの男のせいで本当に無駄な時間を使ってしまった。
死体の焼却を終えてから宿屋の『月花』へと帰る道中、わざと隙を見せて歩いていたのだが、誰かにつけられることも見られている感じもなかったため、恐らくレアルザッドにいた刺客は先ほどのフードの男のみということになる。
このことから俺がレアルザッドにいることは漏れておらず、たまたまレアルザッドを張っていたフードの男が俺を見つけたって感じだった可能性が高い。
俺の情報を持ち帰らせなかったのは大きいが、連絡がつかなくなったことで怪しまれる可能性は大いにある。
タイムリミットを一週間として、早く王都にいるシャーロットと連絡を取らなくてはな。
レアルザッドでもう少し体を休めたかったが、そうこう言ってられない状況になったことに大きな舌打ちをしてから、俺は『月花』の部屋へと戻った。
部屋の中に入ると明かりが点いており、ラルフとヘスターと顔を見合わせる。
まだ日が出たばかりだし、てっきり眠っているかと思ったが起きていてくれたなら丁度良い。
「クリス! 帰ってくるの遅すぎるだろ! 心配したんだぞ!」
「悪かった。ちょっとレアルザッドで襲われてな」
「えっ? 襲われたんですか? クラウスの出した追手でしょうか?」
「ああ。十中八九、クラウスの刺客で間違いない。すぐに行動を開始したいから、悪いが今日の裏通り巡りはまた今度だな」
「そんな事情じゃ仕方ないもんな! 行動を開始したいって何をすればいいんだ?」
「……とりあえず今日会ったことを二人に話す。それから、二人にやってもらいたいことも伝える」
こうして、俺はラルフとヘスターに今日起こったことを全て話した。
それから二人には王都へ行って、シャーロットかミエルと会ってきて欲しいということを伝えたのだった。