第334話 尾行
朝からペイシャの森へ赴き、デュークウルスとの決着をつけた日に尾行されるとはついていない。
既に深夜だから本当に眠いし、相手が手練れなのは間違いないがサクッと捕まえてやろう。
索敵は歩いたままスキルで行ったため、尾行に気づいた素振りを見せていない。
そのため俺が気づいたことに尾行している奴は気づいていないだろうし、地形を把握している裏通りにでも誘い込もうか。
無警戒を装いながら、俺は表通りから裏通りへと入って行く。
裏通りに入ったことで尾行を止めたらどうしようかと思ったが……問題なく俺の後をつけてきているな。
ラルフとヘスターが以前拠点として使っていた廃屋まで辿り着いたところで、俺は立ち止まり――急な方向転換から尾行している者の下へ一気に近づく。
【肉体向上】【身体能力向上】【脚力強化】【疾風】。
スキルを一気に発動させて猛スピードで詰め寄ったことにより、尾行していた者は逃げる隙もなく俺と対峙することとなった。
月明かりに照らされたことで尾行していた人物の姿が見えたのだが、漆黒のローブを身に纏いフードを深々と被っているため顔は見えない。
「こそこそつけてきて何の用だ?」
「……チッ。何だよ。バレていたのか」
声は若干カスれている重低音のような男の声。
カルロの声質に似ているから、フードの下はゴツい男だろうか。
「何の用だって聞いているんだ。質問に答えろ」
「ボスの指示でテメェの情報を集めろって言われてんだわ。お前はクラウス様の兄のクリスだろ?」
やはりクラウス関係だったか。
ボスというのはクラウスで、そのクラウスの指示で俺の情報を集めていた――と。
俺が何もせずとも情報を吐いてくれた訳だが、クラウスの刺客だと分かったからには逃す訳にはいかない。
「そこら辺の詳しい話について教えてもらおうか」
「お前なんかに教える訳ねぇだろ。……それとも俺から無理やり聞き出すとでも言うのか?」
「そのつもりだが? 全て言わないと伝わらないとは察しが悪いな」
「アーハッハッ! ただの【農民】ごときがデカい口を叩いてくれるな! まぁそっちがやる気なら丁度良い。逆に洗いざらい情報を吐き出してもらうとするか」
漆黒のローブを身に纏った男はそう言うと、懐から短剣を引き抜き構えた。
どうやら逃げずに戦ってくれるようで好都合。
短剣使いとの戦闘は初めてだが、攻撃範囲の狭い短剣を相手取るのは得意だと思う。
こっちの武器はどうするかだが……デュークウルス用に購入した鉄の剣でいいか。
使い慣れていないヴァンデッタテインを使って、情報を聞き出す前に殺してしまったら目も当てらない。
腰に差している鉄の剣を引き抜いたことで、クラウスの刺客である漆黒のローブの男との戦闘が始まった。
先に動いてきたのはローブの男。
奇妙なステップを踏みながら、凄まじい速度で距離を詰めてくる。
動きが素早いとはいえ、決して対応できない速度ではない。
タイミングを合わせて剣をぶち当ててやろうと考えていたのだが……ローブの男の姿が微妙にブレて見えた。
暗いことが原因ではなく、ローブの男が何かを仕掛けてきている?
このまま攻撃を行うことに強烈な嫌な予感を覚えたため、急遽動きを変更。
【粘糸操作】からの【硬質化】を発動させ、全ての指から広範囲に攻撃に行う。
飛ばした硬質化した糸が、突っ込んできたローブの男にぶち当たったものの――当たった瞬間にローブの男は霧のように消えた。
そして目の前のローブの男が消えたと同時に、右斜め前方からローブの男の姿が現れた。
俺の首元を狙うような動きを取っていたものの、広範囲に飛ばした内の糸の一本が急に現れたローブの男の下へと飛んだため、俺への攻撃にまでは移れなかった様子。
今の目の前で起こった現象は……分身か?
突っ込んできたローブの男は幻で、消えたと同時に現れたローブの男が実体。
しかも幻が出ている間は実体の方は消えていたため、厄介極まりないスキルなのは確実。
問題はいつから分身と入れ替わっていたかなのだが、奇妙なステップを踏んでいたのは俺の意識を紛らわすためだったのかもしれない。
「【農民】って聞いてたのに中々戦えそうだし、変なスキルまで持ってるじゃねぇか。……クラウス様は嘘をついていたのか?」
余裕そうに呟いていることから、まだ底を見せていない感じがする。
俺の勘に頼って【粘糸操作】での攻撃に切り替えたが、鉄の剣で斬りにかかってたらやられていた可能性もあった。
……正直、生命力や魔力量から舐めてかかっていた部分があったが、ここからは本気で捕縛しにかかるとしようか。