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第329話 恩人


 懐かしい裏通りの光景。

 散々通い詰めて安い物が売っていないか、よく物色しに来ていた。

 以前とは違って装備も整えて、初代勇者の剣で得るヴァンデッタテインまでも背負っているため、様々な人からの視線を感じつつ、俺達は『七福屋』へと辿り着いた。


「良かった! 以前と同じ場所にまだ店があるな!」

「相変わらずボロいお店ですね。ケヴィンさんの武器屋も大概でしたが、『七福屋』は比にならないボロボロ加減です」

「裏通りの更に端っこにある店なだけあるな。店としての歴が違う」


 久しぶりの『七福屋』を見て各々感想を言い合いながら、俺は扉を開けて中へと入った。

 昼なのにやけに暗い店内に、統一性のない様々な商品。

 

 埃っぽさも相まって怪しさしかない内装だが、やはり懐かしさが勝って胸がほっこりとする。

 見たところ店主のおじいさんの姿は見えないため、恐らく店の奥で休んでいるはずだ。


「おじいさん、いるか? クリスだ」


 店の奥まで聞こえるように声を張り上げ、自分の名前を名乗ると……。

 奥からガタンと大きな物音がした後、杖をつく音と共に足音が近づいてくるのが分かった。


「本当にクリスなのか! それにラルフとヘスターもおるな! レアルザッドに戻ってきたんじゃな!」

「急に訪ねてきて悪かったな。元気そうでひとまず安心した」

「死んでるんじゃないかって不安だったんだぜ?」

「この通り、病気一つなくピンピンしておるわい。それよりも急に戻ってきてどうしたんじゃ? もう全てが終わったのかのう?」

「いえ、王都へ向かう前に立ち寄ったって感じですね」

「そうじゃったのか。理由はなんであれ、お主たちの顔を久しぶりに見れて良かったわい」


 本当に心の底からそう思ってくれているのか、満面の笑みを見せてくれたおじいさん。

 こうして元気な姿をまた見れて本当に良かった。


「おじいさん。改めて、杖を譲ってくれてありがとうございました」

「大事に使ってくれていたのなら構わんよ。ヘスター、杖を少しだけ見せてもらってもいいかのう?」

「もちろんです。私のではなく、元はおじいさんのですからね」


 ヘスターは譲り受けた長杖をおじいさんに手渡した。

 まるで子供を見るかのように長杖を眺め始めたおじいさんは、何度も頷きながら満足そうにしている。


 ヘスターの杖にはあまり注視していなかったが、こうしてみるとしっかりと使い込んだというのが分かるな。

 色々な箇所に傷がついてはいるものの、粗末に扱っている訳ではなく大事に使っているというのもハッキリと分かる。

 

「ずっと大事に使っててくれたんじゃな。この杖も喜んでおると思う。ワシの方こそありがとう」

「大事に使うのなんて当たり前ですし、お礼を言われることではないですよ」

「いやいや。ワシが持っておったままじゃったら、この杖は二度と杖としての役割を果たせないままじゃった。心から感謝しておるんじゃよ」

「いえいえ。これだけ良い長杖を頂けたのですから……」


 おじいさんとヘスターによる、感謝の押し付け合いが始まってしまった。

 最初はほっこりとした気分だったのだが、訳の分からない押し問答を繰り広げ始めたため思わず笑ってしまう。


「お互いに良かったならそれでいいだろ。それよりも、俺もおじいさんに渡したい物がある」

「ワシに渡したい物? お土産か何かかのう?」

「いや、違う。お土産じゃなくてすまないな」


 そう謝ってから、俺は鞄の中から一冊の本を取り出し手渡した。

 この本はもちろん――『植物学者オットーの放浪記』。

 俺の運命を明確に変えた本でもあり、俺のバイブルとも呼べる一冊。


「おお、懐かしい本じゃな。クリスがこの本を買ってくれた時は本当に驚いたわい」

「いや、初めて店に訪れた俺に後払いで売ってくれた方が驚いたよ」

「これでも長年質屋を営んでおるからな。人の目利きも得意なんじゃよ。実際にほれ、クリスはちゃんと金を支払ってくれたし良客になってくれたじゃろ?」


 結果的にはそうだったが、あの頃の俺ならばバックれていたとしても不思議ではない。

 まぁでも……俺を信じてくれたってのは、あの頃の俺にとって本当に嬉しいことだったのは間違いないな。


「それで、その本をどうしたいんじゃ? まさか要らなくなったから買い取れとか言わんよな?」

「買い取れとは言わないが、タダで渡すから店に置いてほしいんだ。俺には完全に不要な本となったし、また俺みたいな奴が買いにくるかもしれないだろ?」

「タダでいいならワシとしては断る理由はないが、クリスはそれでええのか?」

「ああ。俺に売ってくれた時の値段で置いておいてくれ」


 ずっと持っておきたい気持ちも強いが、これだけの凄い本が俺の手元に残ったままだと勿体ない。

 おじいさんがヘスターに杖を託したのと同じとまではいかないが、オットーの書いた本もまた誰かの役に立ってほしいという気持ちがある。


「分かったわい。クリスがそういうのであれば、ワシの店に置かせてもらうとしよう」

「よろしく頼む」


 レアルザッドでやりたいと思っていたことを早々に実現できて良かった。

 これで肩の荷も下りた気がするし、ゆっくりと店の商品を見せてもらいながら、レアルザッドを発ってからの話をおじいさんにするとしようか。



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