第312話 ヴァンデッタテイン
真っ黒な綺麗な刀身。
吸い込まれるようなその闇のように黒い刃に、俺は思わず目を奪われてしまう。
洞窟で戦った漆黒の龍を思い出すような黒い刀身だが、洞窟の龍よりももっと純粋な黒のようにも感じる。
冷静に考えて、天井にへばりついていた漆黒の龍よりもこの大剣に目が奪われた訳だし、仮に龍の素材が練り込まれているのだとしたら……洞窟にいた龍よりも上位の存在なのではないかとも思う。
そんなことをふと思いつきながら、俺はじっくりと引き抜いた大剣の刀身を舐るように鑑賞した。
柄の部分もシンプルながら見たこともない鉱石で作られているし、刀身に中心部に埋め込まれているのは赤い宝石のようなもの。
装飾なだけで意味がなさそうにも思えるのだが、なぜだか非常に気になってしまう。
触っても何も変化はないし、柄を握って構えても何の変化も現れない。
両手で握らないと駄目なのかとも頭を過ったが、そんな考えと同時に変化を起こすことができそうな方法を一つ思いついた。
俺は右手で柄の部分を握ったまま、俺は漆黒の大剣に魔力を流し込んでみる。
最初は特に変化がなかったのだが、ある程度の魔力を流したところで――刀身に埋め込まれている赤い宝石のようなものが光り輝きだした。
その赤い輝きは刀身全体に広がっていき、ゴーレムの紋章を彷彿とさせるものが浮かび上がった。
通常の状態でもかなりの切れ味を誇っていただろうが、この光り輝いている状態だと先ほどまでとは比にならない剣へと変貌している。
魔力を流し込むのを止めると光りも収まり、先ほどまでの漆黒の刀身へと戻ってしまった。
赤く光り輝かせるには結構な魔力量が必要となるが、別物のような剣へと変貌を遂げてくれる大剣。
試し斬りをしたい衝動に駆られるが、今は怪我をしている身だし瘴気が薄まったことで魔物の出現率も低下しているはず。
試し斬りのためだけに、わざわざこの中間地点を離れて魔物と戦うなんてことは今の俺の立場ではできないな。
また別の日に性能については試すとして……この漆黒の大剣がヴァンデッタテインだということを確信できた。
石の墓が勇者の墓だったし、ほぼほぼヴァンデッタテインだとは思っていたが、実際にこの目で見たことで断言できる。
このヴァンデッタテインを俺とラルフのどっちが使うかは後で話し合うとして、どちらにせよ大幅な戦力強化に繋がったことは間違いない。
俺は再び鞘へと戻してから、少し離れてもらったヘスターを呼び戻した。
「クリスさん。剣の方はどうでしたか?」
「ちゃんと凄い剣だったぞ。死ぬ気で取りに行った価値はあったと思う」
「それは良かったです。戦闘がどう変わるのか楽しみですね! ……それで、そっちの鎧の方はどうなのでしょうか?」
「鎧の方はよく分からない。剣のようにパッと見ただけじゃ、凄さが分からないからな。見たことのない素材で作られているのだけは分かるけど」
ヘスターに言われ、ヴァンデッタテインと一緒に持ち帰った鎧だが……伝えた通り凄さがいまいち分からない。
鋼の剣で斬りつければある程度の硬度が分かるだろうけど、素人がそんなことするぐらいならケヴィンのところに持っていた方がいいからな。
「そうなんですか。でも、その剣と一緒に置いてあったということは初代勇者様の装備品ですよね? なら、凄い鎧ってことじゃないでしょうか?」
「ああ、凄い鎧の可能性は高いと思うぞ。少なくとも、今身に着けている革の鎧よりかは確実にな」
そんな感じでヘスターと共に持ち帰った装備品について話していると――どうやらラルフとスノーが戻ってきたようだ。
中継地点へと近づく足音が聞こえてくる。
「おーい、エデストルから戻ってきたぞ! ヘスター、クリスの具合の方はどうだ?」
「お陰様でかなり回復することができた。ラルフとスノーにも色々と迷惑かけてしまったな」
「……お、おぉ! クリス、目を覚ましていたのか! 目を覚ますか不安だったけど、本当に良かった! ほら、回復ポーションを買ってきてやったぞ! 遠慮せず飲め飲め!」
「ああ。なら遠慮なく頂くとしようか」
ラルフに勧められるがまま、俺は買ってきてくれた回復ポーションを二つ飲み干した。
低級ポーションだし正直効いている実感はできないが、無駄ってことはないだろう。
「なぁ……クリス。バハムートの洞窟について行けなくてすまなかった。一人で攻略させたせいで危険な目に合わせちまった」
「気にしなくていい。俺の独断で一人で攻略するって決めた訳だしな。俺の方こそ、危険なバルバッド山で待機させてしまって悪かった。二人とスノーが待機していてくれなければ、俺は道中で野垂れ死んでいたと思う」
「クリスを置いて帰る訳ないだろ! そもそも謝られることじゃない! 俺達の力不足でついていけなかったんだしな。本当にすまな――」
「ラルフ、もう謝罪合戦はやめよう。俺はラルフ達に感謝しているし、二人は俺に感謝している。それでいいだろ?」
「…………まぁそうだな」
「結果はどうあれ、無事に初代勇者の装備を持ち帰ることができたんだ。もう過去を悔いている暇すらないぞ。――ここから最終決戦へと移る訳だからな」
未だに顔を俯かせているラルフに、俺は強くそう言葉をかける。
エデストルでやるべきことを全てやり、目的は全て達成した。
対等に渡り合えるだけの力もつけたし、【剣神】相手でも不足がない装備も手にした。
残すは……クラウスとの最終決戦だけだ。
「今更怖じ気づいたとか言わないよな?」
「んな訳ないだろ! ここで何の役に立てなかった分、全力で暴れてやるよ!」
「そうしてくれると俺としても助かる」
「私も全力でサポートさせて頂きます。目の前まで見えてきたクリスさんの目的のために」
「アウッ!」
「ヘスターとスノーもありがとな。それじゃ、俺の傷がある程度癒え次第エデストルに帰還し……王都へ向かう準備に取り掛かるとしようか」