第308話 切り札
壁に勢いよく叩きつけられ、頭を強く打った衝撃で意識が朦朧とし始める。
疲労で痙攣を起こしている体を更に強打したこともあり、指先を動かすことすらしんどい。
咄嗟にガードを図った左腕に関しては一切動かないし、左腕から鳴った軋轢音からも考えてへし折れているはず。
【痛覚無効】で痛みが生じていないのが不幸中の幸いだが、あまりにも痛すぎる一撃を貰ってしまった。
俺の敗因は仕掛けるタイミングを見誤ったこと。
自分の得意な間合いまで待ったことで、バハムートに最後の最後で攻撃を合わされてしまった。
強烈な眠気に襲われながらもぼやけた視界で正面を見てみると、バハムートは跛行をひきながらゆっくりと近づいてきている。
死の文字が頭を過り、俺自身も半ば諦めかけたのだが……。
そんな時に頭に思い浮かんだのは、洞窟の外で待たせているラルフ、ヘスター、スノーの顔。
俺が帰ってこないと知ったら泣いてくれるのだろうか。
というか、何日間も待ち続けそうな感じもする。
ラルフは俺を探しにバハムートの洞窟の探索に乗り出しそうだし、いつもは冷静なヘスターですら攻略に乗り出しそうな感じがするな。
二人の行動を思い浮かべて楽しい気分になるが、俺はすぐに二人とスノーがこの洞窟の探索に乗り出したらどうなるかまで思考が回った。
魔物が大量に跋扈する洞窟な上に、一定の地点を過ぎると致死量の毒が充満している。
俺はここで死んでも自業自得ではあるが、二人とスノーに関しては俺のために死んでほしくない。
そんなラルフ、ヘスター、スノーが死なないようにするには――俺がこのバハムートを倒して帰還することだ!
手放しかけた意識を【痛覚遮断】を解除することで、痛みによって無理やり頭を叩き起こした。
全身から強烈な痛みが生じ、その痛みによって目がギンギンに冴えわたる。
意識を復活させてから即座に【痛覚遮断】を発動し直し、まだ動かせる左腕を使ってホルダーから回復を取り出して頭からふりかけた。
ルパートおすすめの高濃度の回復ポーションのお陰か、痛みがなくとも動かすのがしんどかった体が左腕以外動かせるようになった。
勝ちを確信し、バハムートがゆっくりと近づいてきてくれたお陰で首の皮一枚繋がった俺は、即座に立ち上がって俺も跛行をひきながら必死に距離を取る。
体を動かせるようになったと言っても、辛うじて動かすことができるようになっただけであり、まともな戦闘を行うことはできない。
剣を握る右腕だけが唯一まともに動かせるため、バハムートが攻撃を仕掛けてきたところにカウンターを合わせるしかないこの状況。
ただ、バハムートの方も足が元々三本しかないのにも関わらず、左前足をボロボロに傷つけたため、勢いのある攻撃は仕掛けてこられないはずだ。
勢いのない攻撃ならばカウンターを合わせやすくなるはずだが、カウンターは相手の力を利用する技のため相手に勢いが弱いと威力は激減する。
それに加えて、この体の状態じゃ細かい場所への狙いなんて定めることは不可能な訳で、いくらバハムートの動きが鈍ったとはいえ爛れた箇所を狙ってカウンターを決めるなんて芸当は不可能に近い。
とは言ったものの硬い龍鱗の部分に攻撃を当ててしまうと、万全の状態且つ両腕での渾身の一撃でも弾かれたのだから、普通に考えれば片腕での一撃で斬り裂ける訳がないのだ。
【痛覚遮断】を解除して気合いを入れたのも束の間、いわゆる詰んでいるこの状況に冷たい汗がツーっと背中を伝った。
頭の中でごちゃごちゃと考えている間にもバハムートは俺の下へと近づいてきており、人一人ぐらい軽々と丸飲みできてしまいそうな口からは凶悪な牙を覗かせている。
【脳力解放】を使って様々なスキルを用いてのシミュレートを行うが、どの策も通じない又はボロボロの体のせいで実行できないという結論に至る。
本気で手詰まり状態の俺に残された唯一の方法は――【自滅撃】による自滅覚悟の攻撃だけ。
【自滅撃】で残っている全ての力を消費し、捨て身での一撃ならあの硬い龍鱗ごと斬り裂ける可能性が残っている。
使用後は強制的に深い眠りへと落ちるため、仕留め損ねた場合は逃れられない死な訳だが……残されている選択肢が一つしかない以上使わざる負えない。
それと【自滅撃】で強制的に眠るのであれば、ついでに【狂戦士化】も久しぶりに使うか。
カルロとの戦い以降は意図的に封印してきた【狂戦士化】だが、自滅覚悟ならとことん芯から狂ってやろう。
カウンター狙いという考えを【狂戦士化】状態で覚えていられるか不安なところではあるが、前回使った時はある程度の意識は残すことができたから大丈夫なはず。
鋼の剣を支えに立ちながら、バハムートが俺の目の前にやってくるまで待ち続ける。
今度は攻撃を合わせられることのないようにバハムートが動き出すのを確認してから、俺は【狂戦士化】のスキルを発動させた。
――その次の瞬間には意識がぶっ飛び、全身かラ血沸き肉躍る最高の気分にブち上がる。
五感で全テを感じタいし、邪魔ナ【痛覚遮断】は切ってしまおうカ。
……クッはっは。コの痛みこソ生きてイる証デあり、全身を襲う痛みモ逆に気持ちがいいぐらいだナ。
オレは折れている左腕ニ無理やり剣を握ラせ、【硬質化】で折れタ腕を固定さセた。
くっハッはっ! こレなら腕が折れていヨうが、問題なク両手で剣が振レるじゃねぇか!
オレを見て凶悪な顔で襲イ掛かってきテいるバハムーとに、最高の笑顔を見せつケる。
死の恐怖スらも心地が良いこの状況デ、【自滅撃】なンてスキルを使うのはもったいねぇガ……舌を強く噛ミ絞めなガら【自滅撃】のスキルを発動。
力が抜ケる感覚の次にハ、更なる快感が俺ヲ襲う。
地面に転がリながら身悶えシそうなほど、強烈な力が体の底かラ溢れ出テ来やがっタ。
意外と悪くハねぇが、コの感覚が長続きしなイのだけが最大ノ欠点。
オレは溢れ出ル力に名残り惜シみながら、真ん前マで迫ってキていたバハむートの顔面に剣を振リ下ろした。
刃が迫リ来る頭へト届き、爆発が起こっタよウな金属音が鳴リ響いたト同時に――青黒イ汚ねぇ血が部屋一帯に飛ビ散った。
無論のことオレにもぶっかカったのだが、バハムートを死デ支配した悪くネぇ感覚。
「ぐっはっハッ! 最高ダ。最高すギる感覚だ。もっト殺してぇ。殺シて殺しテ殺して殺しマくりてぇ!!」
頭が真っ二つに斬り裂かレたバハムーとの死体に、オレは何度も何度も剣を突き立てテいく。
気分モ最高潮まデ跳ね上がっタところだっタのだが、そンなオレの最高の状態ハ唐突に終わりを迎えタ。
体中に漲ってイた力は一気に消失シ、オレは頭かラ地面へと倒れ込ム。
そして次ノ瞬間にハ強烈な眠気が襲い掛かり、こノ最高の気持チを手放さなイためにも必死ニ抗い続けたのだガ……そんなオレの必死の抵抗モ空しく、数秒後には洞窟の最奥部のバハムートの死体の前で深い眠りへとついたのだった。
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