第307話 肉弾戦
一度バランスを崩してからは、数分間の内に三回も頭から崩れるようにバランスを崩し始めた。
左前足にもう力が上手く入らないようで、執拗に気にする素振りを見せているが俺は攻撃の手を緩めるつもりはない。
バハムートに四足がちゃんとあったなら通用していない戦法だが、たらればは一切考えないようにして冷徹に同じ個所を攻め続ける。
そして……。とうとうバハムートは自らの勢いを御すことができず、勢いそのままに転がるように地面へと衝突した。
こうなってしまえば、バハムートの動きを読む必要もなく肉弾戦へと持ち込むことができる。
想定よりも時間がかかってしまい、避け切れずに何度か軽く攻撃も食らったこともあって俺の方も体力限界ギリギリの状態ではあるが、まだ戦えるだけの体力は残っている状況。
逆に言うとバハムートの方は、左前足の自由が効かなくなっただけで体力はまだまだ余裕って感じだろう。
ここから如何に、バハムートに対して効率良くダメージを与えられるかが鍵になってくる訳だが、もうチマチマとした作戦を実行している余裕なんてないため全力で殺しにかかるだけ。
「避けられ続ける上にチクチクと攻撃を重ねる……面白くもないストレスの溜まる戦い方をして悪かったな。ここからは真正面から行かせてもらう」
言葉も分からないだろうし何の意味もなさない宣言だろうが、種族差の不利を覆すためにつまらない戦い方をしたせめてもの謝罪をし、俺は今度こそ正面切ってバハムートに向かって斬りにかかった。
爛れて龍鱗が剝がれ落ちている箇所は、粘糸攻撃でチマチマと削っていた時に確認済み。
前足を庇うような姿勢を取っているバハムートに対し、フェイントを織り交ぜながら【強撃】を乗せた一撃をお見舞いする。
最初に浴びせた渾身の一撃は鋼の剣よりも硬い龍鱗に阻まれたが、今回の一撃は龍鱗がない部分を狙ったため、肉を断ち骨まで削り取ることに成功。
胸郭部分を深く抉り取ることができ、バハムートは先ほどまでの咆哮とはまた違った悲痛な叫びのような雄叫びを上げた。
俺の逃げ戦法と左前足の傷で軽く戦意を喪失気味だったバハムートだが、この一撃で吹っ切れたのか真っ赤な片目を更に輝かせ、なりふり構わず再び暴れ始めた。
左右に巨体を揺らしながら、至近距離にいる俺に対して突進を仕掛けてくる。
もうバハムートの攻撃はある程度見切ったつもりだったが、距離を取って対峙するのと至近距離ではまた話が違い、巨体なのも相まって避け切るのが不可能に近い。
瞬時に剣で受け切る策に切り替えた俺は、【要塞】と【鉄壁】。
それから【硬質化】で腕と剣ごと硬質化させて、ガードを図りにかかる。
スキルを新たに使う度に眩暈に近い疲労感に襲われるが、ここで倒れたら死を意味するため頬を噛んで無理やり気合いを入れつつ、バハムートの突進を受け流しながらガードした。
スキルを発動させて尚且つ、威力を受け流したつもりなのだが――衝撃であばら骨の何本かを痛めた。
片方しかない前足を執拗に攻めてもこの威力の攻撃を行える化け物。
頭がチカチカとしてくるが、追加で【痛覚無効】のスキルを発動させてから、今度は俺が攻撃を仕掛けにかかる。
俺への突進を行った後の体勢を立て直している僅かな時間を狙い、今度は後ろ足を狙って斬りかかる。
先ほどまでなら即座に体勢を整えていたが、吹っ切れたとしても傷ついた前足が治るということはない。
軋むような体を動かし、右大腿部を狙って【強撃】の込めた一振りをお見舞いする。
胸郭を斬り裂いた時と同じように、俺の振った剣は肉を断ち骨にまで到達。
続けざまに左膝も狙いにかかったが――回り込んだ俺に気が付いたバハムートは強烈な後ろ蹴りを放ってきたため、俺は一度引いて回避に徹した。
左後足も削って動きを完全に止めたかったところだが、右後足を斬り裂けただけで十分すぎるダメージを負わせることができたはず。
距離を取って再び向かい合っている状況だが、バハムートの体にも傷が目立ち始めてきている。
三十分以上チクチクと攻撃していた左前足よりも、今斬り裂いた右後足の方がダメージが大きそうだし、胸郭の部分の傷からもかなりの血液が流れ出ている。
お互いに満身創痍の状態で、あと数回の斬り合いで決着がつく。
体へのダメージで言えば俺の方が上で、動きの制限がかかっているという部分ではバハムートの方が上。
荒々しく雄叫びを上げていたバハムートも一周回って落ち着きを取り戻し、どこからか滴り落ちる水滴の音が最奥部の部屋に聞こえるほどの静寂が流れる。
徐々に互いに距離を詰めていき、俺の間合いに入った思った次の瞬間――俺よりも先にバハムートが動き出していた。
体を回転させながら、長く太い尻尾での叩きつけ攻撃。
ここにきて初めて見せてきた攻撃。それに俺も攻撃を仕掛けようとしたタイミングだったこともあり、対応が若干遅れてしまった。
――左頭上から俺の首を狙った尻尾が振り下ろされる。
長さもあるためバックステップでの回避は不可。剣でのガードも間に合わない。
即座に【要塞】【鉄壁】【硬質化】を発動。更に左腕に【戦いの舞】のスキルを乗せ、間一髪で左腕を振り下ろされた尻尾との間に挟めたのだが……。
重い体重と遠心力が加わった一撃を受け止めることはできず、左腕から鳴った嫌な音と共に俺は大きく吹き飛ばされたのだった。