第304話 洞窟探索
とにかく息を殺し、足音を立てないようにゆっくりと進み続ける。
洞窟も奥へ進むにつれて徐々に狭くなっているのが分かるが、それでもまだ広く一本道なのは変わらない。
精神的な疲労は蓄積され続けており、【黒霧】を常に使用していることで体力的にも徐々にキツくなり始めてきた。
それでもあの巨大蝙蝠の魔物以降は、索敵能力に長けた魔物と遭遇していないのが救いで、余計な体力を使わず順調に進んで来られていると言っても過言ではない。
逸る気持ちを抑えて進む速度は決して上げず、突然の暗闇にキョロキョロしているミノタウロスとミノタウロスの隙間を抜け、前方を見てみると……。
ここまで一切の代わり映えせず一本道だった洞窟が、二股に分かれているのが見えた。
朗報と言っていいのか、それとも悲報と言うべきなのか分からないが、俺にとっては気持ちが上がる光景。
狭くなればなるほど隠密行動はしづらくなるのだが、その分魔物とは戦闘を行いやすくなる。
見つからないように精神を削りながら進むよりも、戦闘を行って敵と戦う方が今の俺にとっては良い。
それで右と左、どちらの道を進むべきなのかだが……まずは右の道から進んで行くとしようか。
ひとまず全ての分かれ道を右に進んで行って、しらみつぶしにこのバハムートの洞窟を攻略していく。
こうやって進む方向を決めておけば道に迷う心配もないしな。
そんな考えで特に迷いもなく分かれ道を右へと進んだ俺は、変わらず警戒を怠らずに集中力を切らさないようにし、慎重にゆっくりと歩を進めていく。
分かれ道から洞窟の幅も一気に半分以下となったが、元々が広かっただけにまだ魔物をやり過ごせるくらいには広い。
ただそんな中で俺が気になったのは、あの分かれ道以降魔物の数が減ってきたように思えることと、鼻が曲がるような酷い臭いが漂い始めたこと。
これまでの傾向で言うのであれば、先に進むにつれて魔物の出現率は上昇していたのだが、先ほどまでと比べると明らかに魔物の数が少ない。
一瞬、右の道はハズレのルートだったのかとも考えたが……洞窟を覆う瘴気の濃さが増しているのは、この紫色の瘴気に満ちた洞窟を見れば一目瞭然。
更に気になったことがもう一つあり、遭遇する魔物に人型の魔物がさっぱりいなくなったのだ。
このことから考えられるのは、ルパートが言っていた致死量の毒が充満しているという情報が正しかったということ。
洞窟の入口辺りは、ラルフもヘスターも特に体への害を感じていなかったようだが、あの曲がり道以降は瘴気に加えて猛毒も洞窟内に満ち始めたのだと思う。
この推測が当たっているのだとしたら――俺は一度足を止めて地面に手をつきながら探ってみると、やはり魔物の骨らしきものがいくつか見えた。
更に壁際を調べてみると、オーガと思わしき大きな人型の魔物の腐乱死体も見つかり、鼻が曲がるような酷い臭いの正体もこの死体からだということが分かった。
瘴気によって生成された魔物すらも殺す猛毒。
生物を生きて通さないという強い意思のようなものを感じるが、この猛毒は俺にとっては非常に好都合。
ただ、普通の人間では絶対に攻略できないのは明白だし、高い報酬の依頼募集をかけられても引き受ける人間がいなかったのも納得の洞窟と言える。
猛毒が充満しているとはいえ毒に耐性のある魔物はまだいるため、決して油断はせずに奥を目指して歩みを進めようか。
バハムートの洞窟に入ってから約三時間ほど。
魔物との戦闘も増え始めてはいるものの、遭遇する数はめっきりと減っている状態。
あの分かれ道から更に進んでからは、人型のみならず生物の魔物すら現れなくなり、遭遇する魔物はスライム系統やアンデッド系統の無機質な魔物ばかりとなっている。
洞窟も進むにつれて狭くなっており、あれだけ広かった洞窟内部も今やロザの大森林東エリアの洞窟と遜色ないくらいの狭さになった。
ここから先は魔物との戦闘が避けられないため、隠密スキルを解除して【深紅の瞳】と【音波探知】のみに絞っている。
細かな努力で最大限の体力温存をしているのだが、バハムートの洞窟に辿り着くまでにも戦闘をこなしながら登山しているし、バハムートの洞窟に入ってからも相当な時間が経っている。
心情的にも、そろそろ洞窟の奥地へと辿り着いてほしいところではあるが……。
心身ともに疲弊しているせいもあり、そんな弱気な考えが頭を過ってから数分後。
俺の祈りが叶ったのか、何気なく使った【音波探知】によりこのすぐ先が行き止まりだということが分かった。
ただの行き止まりなら探索打ち止め。ヴァンデッタテインが眠る場所であれば万々歳。
できれば後者であってほしいところだが、ただの行き止まりだった場合の精神ダメージが計り知れないため無駄な期待はしないように心がける。
……でも、【音波探知】から分かるこの先の形状はヘラクベルグと戦った時のような意図的に開けた場所。
期待するなと言われる方が無理な話な訳で――俺は期待感を胸に抱きつつ、ようやく見えたバハムートの洞窟の行き止まりへと出たのだった。