第296話 濃い瘴気
まず動いたのはブラックキャップ。
一番最初に生成されたブラックキャップが物凄い速度で駆け寄り始め、その後ろを九匹のブラックキャップが続いている。
最強種といえどゴブリン。それも同種族なのにも関わらず、連携を取るような動きを一切見せずに攻撃を仕掛けてきたブラックキャップを見て、俺は少しだけ安堵した。
動きもゴブリンとは思えないほど速く、様になってはいるのだが……ゴブリンと知って一番脅威に感じていたのはやはり連携攻撃。
生物的に弱者だからこそ、それを補うように人間と同じような連携攻撃を仕掛けてくるのが厄介なのだが、ブラックキャップは強者だからこそ連携を取らないのだろう。
怖さはもちろんあるが、ゴブリン最大の強みがないと分かれば必要以上に恐れる必要はない。
俺は即座にスノーに合図を送り、ラルフの背後に隠れるように位置取る。
横に広がりかけていたブラックキャップは、俺とスノーの動きを見て中心に寄ったところを――タイミングを窺っていたヘスターの魔法が放たれた。
「【フリーズトラップ】」
ブラックキャップへの直接的な攻撃ではなく、宣言していた通り山道を狙った足止め目的の氷魔法。
ゴツゴツとした山道を凍り付かせ、踏み入れたものの動きを封じる蜘蛛の巣のような魔法だ。
戦闘を駆けていたブラックキャップは即座に異変に気付き、動きを止めようと動いたのだが……。
背後から本来では仲間であるブラックキャップ達に背中を押される形となり、自身も物凄い速度で駆けていたため止まれることはなく、予想していたよりもあっさりと【フリーズトラップ】へと足を踏み入れた。
もちろん前の様子が見えない背後のブラックキャップ達も一網打尽で引っかかり、まるで壁にぶつかったかのように動きを急停止させた。
見れば全員の膝ぐらいまで凍り付いており、完全に機能停止している。
こうなれば後は、俺の【粘糸操作】と【硬質化】の合わせ技で一方的に殺せる。
【フリーズトラップ】に踏み入れないよう注意をし、俺はなんとか動こうと藻掻いているブラックキャップを一体ずつ心臓目掛けて糸を飛ばしていった。
動きの滑らかさや速度から見てかなりの強敵だったであろうブラックキャップを、ヘスターのお陰もあって無傷で瞬殺できた。
連携を一切取らず全員でかかってきてきてくれたのもあるが、これぐらいの魔物ならば濃い瘴気を気にせず探索できる――俺はそう確信したのだが……。
「おい、クリス! あっちの方向を見てみろ! なんかでけぇのが生み出されてるぞ!」
「な、なんでしょうか。あの巨大な影は……」
ラルフが指さした方向を見てみると、オーガよりも明らかに巨体の何かが今まさに生成され出している。
瘴気が濃いせいでどんな魔物なのか確認できないが、今まで戦ってきた人型の魔物の中でも頭一つ抜けてデカいことだけは分かる。
「とにかく危険な魔物ってことだけは分かるな。あの大きさじゃブラックキャップに使ったヘスターと俺のコンビネーションは使えないし、【粘糸操作】での攻撃も恐らく通らない」
「かと言って、ゆっくり倒す時間もねぇんだもんな! 一瞬楽にいけると思った少し前の俺を殴りたい!」
ラルフだけでなく俺も思ったし、冷静なヘスターですらも思ってたはず。
……と、今はそんなことを考えている場合じゃなく、あの巨体の魔物をどうするかを考えなくてはいけない。
ひとまずは普通に戦闘を行い、もしもの場合は【広範化】を使って毒での攻撃を試してみよう。
まずはヘスターの魔法が効くかどうかを試してみたい。
「ヘスター。とにかく魔法を打ち込んでみてくれ」
「分かりました。攻撃魔法を手当たり次第放ってみます」
「ラルフは他の魔物が来た時のために待機。近づかないようにヘイトを取り続けてくれ」
「了解! サクッと倒してきてくれよ!」
二人に指示を出してから、ヘスターの魔法が着弾するのをスノーと共に待つ。
それから魔法を食らったのを見て、一気に肉弾戦を仕掛けにかかる。
生半可な攻撃は絶対に通らないため、能力強化のスキルを使って強力な一撃を狙うか搦め手を使うことを考える。
ヘスターが【エアロフレイム】を放ったのを確認してから、スノーに合図を送って巨大な影に向かって一気に近づく。
生成したばかりのためか、ガードをする様子もなく【エアロフレイム】は巨体の魔物に直撃し、一瞬だけよろめいたように見えた。
効いているかは分からないが、これで魔法が効くことは分かったな。
ヘスターには続けて強力な魔法を放つよう指示を飛ばしつつ、俺は足を止めずに巨体の魔物を直接倒しに向かう。
近づくにつれ、徐々にその巨体の魔物の姿が見えてきた。
ゴブリンを彷彿とさせる緑色の体。その体全体には脂肪が詰まっているのか、特に腹は丸々と膨れ上がっている。
これでゴブリンほどのサイズならば相手ではないと断言できるのだが……体のサイズは縦横五メートルはある超巨体。
手にはこれまた見たことのないサイズの鉄のこん棒が持たれており、全ての特徴を合わせるとーーこの魔物の話もボルスさんから聞いたことがある。
サイズ感は聞いていた情報よりも倍ほど大きいが、この魔物はトロールで間違いない。