第292話 瘴気
軽い雑談をしながら進み、ヘスターが目星をつけていたと言っていた場所に辿り着いた。
瘴気で覆われている境が見える地点で、自然にできた狭い洞穴のような場所。
「ここが事前に目星をつけていた場所なのか?」
「はい。ここが瘴気に覆われる直前の場所でして、ここまでは麓と大差ない魔物しか生成されないんです。瘴気が発生してからも身を隠すことができますし、魔物に居場所がバレたとしても囲まれる心配がありません」
「なるほど。ここで瘴気が治まるのをやり過ごしてから、一気に中腹を進んで行くってことか」
「そういうことです。狭いため戦いづらくはありますが、最悪の場合は私の魔法を一直線に放つだけで対応できますし非常に良い中継地点だと思いますよ」
流石はヘスターだな。
本当に色々と調べ尽くしてくれたみたいだ。
狭い洞穴に入ってから十数分が経過した頃、次第に外が瘴気で覆われていくのが分かった。
薄紫色の霧のような感じで、見るからに危険ということが分かる。
「本当に吸っても大丈夫なんだよな!? 完全に毒みたいな色合いしてるぞ!」
「多分大丈夫なはずです。何人もの冒険者の方に聞き込みしましたので」
「少しでも体に異変があったら教えてくれ。すぐに下山するからな」
「分かった! 体調悪くなったらすぐに伝える!」
「体調よりも魔物に気をつけましょう。ここから一気に魔物の数が増えるはずですよ」
二人とスノーの体調も心配だが、確かにその前に魔物に注意をしなければいけない。
索敵スキルを発動させ、周囲の警戒を行ってみると……異様な数の魔物の反応が感じ取れた。
「凄い数の魔物が湧いているぞ。幸い俺らに気づいている魔物は少なそうだけどな」
「対処し切れない魔物が洞穴に近づいてきたら任せてください。魔法で一掃しますので」
「魔物の強さを考えても俺だけで心配ないと思う。二人とスノーは少しだけ休んでてくれ。瘴気が体に害のあるものの可能性があるしな」
「任せていいのか? 本当に何もしないぞ?」
「危険だと思ったら助けを求めるから大丈夫だ。休んでていい」
二人にそう告げてから、俺は一人洞穴の入口付近に立った。
俺らに勘付き、この洞穴に入ってこようとしてきた魔物がいれば即座に殺す。
丁度、【粘糸操作】と【硬質化】の攻撃を試したかったところだし、立地を考えてもこれ以上ない場面。
粘糸を自在に操りながら魔物が近づいてくるのを待っていると、ようやく一匹の魔物が近づいてきた。
以前、バルバッド山に来た時の獲物であるブルーオーガのようだ。
隠れている俺を見つけ、醜悪な顔を歪ませながら中へと入ってこようしている。
巨体のブルーオーガには少々狭すぎるようで、入口で一瞬動きを鈍らせたところを――俺は左手を突きだし、五本の指から【硬質化】させた粘糸を飛ばした。
一本では殺すまでには至らない攻撃だろうが、五本の鋼鉄の糸となれば殺傷能力も高い。
ブルーオーガの胸部に五つの穴をあけ、引き抜くと同時に血を吹き出しながらブルーオーガは地へと伏せた。
雑魚魔物相手に何度か試してはいるが、やはりかなり使い勝手の良い攻撃方法。
問題点を挙げるなら直線的な攻撃しかできないことだが、粘糸のまま操って敵を捕縛した瞬間に【硬質化】を発動すれば搦め手としても使える。
選択が二つになるだけでも、直線的な攻撃に対応してきた相手にも迷いを生じさせることができるからな。
【粘糸操作】と【硬質化】の合わせ技に満足しつつ、俺は次々に襲ってくる魔物を仕留めていった。
「こんなもんだろ。外の瘴気もすっかり落ち着いたみたいだしな」
「本当に手伝わないままに終わっちまったよ! 後ろから見てたけどよ、本当にズルみたいな技だな!」
「体力消費も少ないし、予想していたよりも使えるスキルだな。……それより、入口が魔物の死体で塞がっちまってるからどかしてくれないか?」
「それぐらいはやらせてもらう! ここまでなーんもしてねぇしな!」
「いえ、私がやらせてもらいます。魔法で燃やした方が早いですから」
入口に溜まった魔物の死体をラルフは気合いを入れてどかそうとしたのだが、ヘスターが止めて【フレイムアロー】をぶっ放した。
熱気が洞穴の中にも感じるぐらいの高火力で、入口に溜まった死体は一瞬して焼却された。
「おい、ヘスター! 俺の仕事を奪うなよ!」
「この先いくらでも仕事はあるから、ラルフも慌てないでいいよ。壁役として死ぬ気で守ってもらうしさ」
「げげ。……役には立ちたいけど、死ぬのは嫌だぞ?」
「ほら、雑談はそこまでにして行こうぜ。次の瘴気が出るまでに移動しないといけないんだろ?」
一時身を隠していた洞穴を出た俺達は、気を取り直してバハムートの洞窟を目指す。
瘴気が治まったため魔物の異常な生成は落ち着き、瘴気によって生みだされた魔物の姿もすっかりと消えていた。
どうやら瘴気の中で生まれた魔物は、瘴気が立ち込めている中でしか活動できないという明確なデメリットがあるらしい。
……ただ、ここからは常に瘴気で覆われている場所を突き進むことになる。
四方八方から魔物に襲われることを頭に入れつつ、先へ向かうとしようか。