第291話 指輪の効果
エデストルを色々と巡り、『バハムートの洞窟』の攻略に向けた買い物を行った翌日。
準備は完璧済んでおり、後は『バルバッド山』へと向かうだけの状態。
ちなみに昨日購入した指輪なのだが、しっかりと【広範化】の効果が反映された。
【広汎化】が装飾品による効果も反映されるという情報を得られたのは大きいし、何よりもこのデバフを相手に押し付けられるのは非常に強力。
しかも聴覚を完全に遮断という訳ではなく、かなり聞こえづらくさせるといった感じの効果で、俺の場合は【聴覚強化】を使えば十分に聴覚を確保できることも分かった。
指輪を身に着けている間は効果が強制的に発動してしまうため、普段から身に着けている訳にはいかないが、【粘糸操作】を上手く使って自在に着脱ができるようにしたいところ。
「おーい、クリス! こっちは準備できたぜ?」
「俺の方も準備万端だ。いつでも出発できるぞ」
「それでは出発しましょうか。早めに出発するに越したことはありませんからね」
二人の準備も整ったようだし、バルバッド山へ向けて出発することとなった。
目の前に聳え立つ大きな山。
半分から上はモヤモヤとした瘴気で覆われているため全貌は見えないのだが、ロザの大森林とはまた別種の異様な雰囲気が漂っている。
スキルの実を食って倒れている間に、二人とスノーは依頼で二度ほど訪れたことがあるようだが、俺はボルスさんと訪れた時以来のバルバッド山。
その当時も出くわす魔物に苦戦は強いられてはいなかったが、今は何の警戒もせずとも麓に現れる魔物ぐらいならば簡単に倒せるはず。
「クリスさん、進みながら軽い説明をさせて頂きますね。バルバッド山の特徴なのですが、一日に三回ほど瘴気が濃くなるタイミングがあります。……あの山のてっぺん辺りに見えるのが瘴気です」
「ボルスさんも前回来た時にそんなことを言っていたな。瘴気が出ると非常にまずいとかなんとか」
「ええ、そうです。山の中腹から上では瘴気がより濃くなり、麓では瘴気に覆われるといった感じですね」
「瘴気に覆われるとどうなるんだ? 体に害があるとかか?」
「いえ。瘴気が覆われている場所では魔物が高頻度で生まれてくるんです。……ラルフが以前話していた、ダンジョンの仕組みについては覚えていますでしょうか?」
確か、ダンジョンの奥には魔力塊が存在していて、その魔力塊が魔物を生成しているとかだったはず。
つまりは……バルバッド山で覆われている瘴気も、魔力塊と似たものだという認識でいいのか?
「覚えているぞ。奥地にある魔力塊が魔物を生成しているって話だよな」
「そうです! バルバット山も本当に似たような感じでして、バルバッド山のどこかに眠るダンジョンの魔力塊のようなものがこの瘴気を生み出し魔物を生成しているようなんです」
「へー。バルバット山は、本質的にはダンジョンと似たような場所って訳か」
「明確に違う箇所といえば、バルバッド山は人々の魔力を求めておらず、徹底的に人を近づかせないようにしている点ですね。ダンジョンては見つかる宝箱のような旨味も一切ありません」
「なるほど。バハムートの洞窟の“ヴァンデッタテイン”だけが、バルバット山の唯一のお宝って訳か。……超ハイリスク超ハイリターン。俄然やる気が出てきた」
人の魔力を擁さず、どうやって魔物を生成し続けているのだろう――等の様々な疑問はあるものの、恐らく考えたところで答えは分からない。
分かっている事実は一日に三回瘴気が濃くなり、その時間帯は非常に危険だということ。
バルバット山について調べ上げてくれたヘスターの指示に従いつつ、慎重に進んで行くとしよう。
「とりあえず次の瘴気発生までは約四時間ほどあります。とある地点に目星をつけてますので、そこまで向かい瘴気をやり過ごすとしましょう」
「そういうことなら道案内は任せた。俺とスノーで索敵。ラルフは襲ってきた魔物の対処。ヘスターは道案内でいこう」
「了解! 俺がガンガン倒していくから任せてくれ!」
「案内は任せてください。事前にキッチリと頭に叩き込んできましたので」
二人の頼もしい言葉を聞きつつ、ここからは集中して登山を始めようと思ったのだが……。
一つだけどうしても気になることが頭に思い浮かんでしまった。
「……なぁ、そういえばラルフの方の成果はあったのか? 俺は買い出し。ヘスターは情報集め。ラルフは【月影の牙】のところへアドバイスを貰いに行ってたんだよな?」
俺がそう尋ねた瞬間、体をビクッと跳ねらせたラルフ。
ヘスターからは事前に色々と聞いていたのだが、思い返せばラルフからの報告が一切ないことに気が付き尋ねたのだが……。
この反応を見る限りじゃ成果はゼロってところか。
「成果なかったのか?」
「そ、そんなことねぇぞ? ヴィンセントさんに色々と教わってきたぜ! まだ秘密だけどな!」
「別に成果がないならないで隠さなくていいぞ。俺だって二週間寝てて、そのせいで色々と遅れた訳だしな」
「隠してる訳じゃねぇって! 本当に今はまだ秘密なだけだ!」
ラルフは変なプライドがたまに見え隠れするんだよな。
かなり動揺しているラルフを見て俺とヘスターは笑いつつ、ヘスターの言うスポットへ向けて人の通った形跡のない山道を突き進んでいったのだった。