第289話 意外な人
『ガッドフォーラ』を後にした俺は、そのままの足で『マジックケイヴ』へと来ていた。
今日の目的は魔法関連のことではなく、初めて『マジックケイヴ』の店そのものを目的にやってきた。
とは言うものの、売られている物の紹介とかはしてもらいたいし、ゴーレムの爺さんの下へ訪ねるつもりではあるけどな。
店員に軽い挨拶をしつつ、俺は慣れた足取りでゴーレムの爺さんの作業部屋へと向かった。
「爺さん。中に入るぞ」
「――ん? クリスか? 部屋の外でちょっと待っておれ。色々と散らかっておるからの」
いつものように怪しげな煙が部屋から漏れ出ており、そんな言葉が帰ってきてから程なくして漏れ出ていた煙も治まった。
そのすぐ後に入室許可が下りたため、俺は部屋をノックしてから反応を待たずに押し開けた。
「相変わらず元気そうじゃな。スキルの実の影響も問題ないみたいだし……クリスは一体どんな体をしとるんじゃ。一度調べてみたいのう」
「爺さんの方はなんか随分と瘦せこけたな。目の下のクマも凄いし、寝てないんじゃないのか?」
「クリスに見せてもらったスキルの実のお陰で、色々と調べたいことが増えたからのう。この三週間は寝る間も惜しんで研究に明け暮れていたわい」
「大丈夫かよ。年も年だし、体を休めた方がいいんじゃないのか?」
「何を馬鹿なことを言っておる! 年だからこそ、死ぬ前に色々と調べなくてはいけないんじゃろうが!」
鼻息を荒くさせ、そう力説するゴーレムの爺さんに思わず笑ってしまう。
なんというか……本当に変わり者の爺さんだよな。
俺も人のことを言えた義理ではないが、欲求のためなら自分の身すら厭わない性格。
嫌いじゃないが、流石の俺でも少しは心配にはなる。
「そこまで言うなら止めはしないけど、そのせいで死んだら元も子もないんだし最低限は気をつけろよ」
「分かっとるわい。それよりクリスは何しにきたんじゃ?」
「……痩せこけた姿を見て完全に目的を忘れかけてた。この店の商品の紹介してほしくて来た。おすすめの商品とか使い勝手の良い商品とか、爺さんなら色々知っているだろ?」
「ん? 案内なんかしないぞ。見ての通りワシは暇じゃないし、店についても詳しくないからのう。ワシの店じゃがワシがいつもここにいるのは知っておるじゃろ」
ルパートのように商品を紹介してもらえると思っていたが、まさかのあっさりと断られてしまった。
それに理由も妙に納得してしまうし、いつもここにいるゴーレムの爺さんが商品を知っていると思えない。
少し考えれば分かるはずなのに頭が回らなかったことを少し後悔しつつ、仕方がないため一人で物を探すとしようか。
「……確かに爺さんに期待した俺がアホだったな。よくよく考えれば知らないと分かるもんだったのに」
「そういうことじゃ。まぁでも、店の物に詳しい人物を紹介してやろう。スキルの実のことを教えてくれたお礼にな」
「いいのか? それは助かる」
爺さんの充ては外れたが、どうやら詳しい人物を紹介してくれるようだ。
椅子から立ち上がったゴーレムの爺さんは、俺にここで待っているよう言いつけてからその人物を呼びに行った。
出て行ってから約十分ほどが経過したタイミングで、見覚えのある女性と共に爺さんが帰ってきた。
「クリスさん、お久しぶりです。覚えていないかもしれませんが、一度だけ看病したことがあるんですけど……」
「覚えている。名前は確かソフィアだったけか?」
「そうです! 覚えていてくれたんですね!」
部屋の中に入ってきた時は不安気な表情をしていたのだが、俺が名前を絞り出して口に出した瞬間。
花が咲くような笑顔を見せて微笑んだソフィア。
深い関わりがある訳ではないが、本人が言っていたように【アンチマジック】を教えてもらっていた時に倒れた俺を看病してくれた。
ソフィアは良い人なのが滲み出ているし、知らない奴じゃなくてひとまず安心。
「そういえば倒れたクリスの看病をお願いしたんじゃったな。それなら話が早そうじゃ。クリスに店の商品の紹介をお願いしてもええかのう?」
「もちろんです。丁度、魔法の練習が終わったところですし案内させて頂きます」
「ということじゃ。案内はワシじゃなく、ソフィアにしてもらうといい」
「看病に続き、また一方的に世話になってしまうがよろしく頼む」
「大丈夫ですよ。『マジックケイヴ』については知り尽くしているので任せてください!」
胸をトンッと一つ叩き、自信あり気にそう言ったソフィア。
商品紹介に関しては爺さんよりよっぽど頼りになりそうだし、これは良い人材を紹介してもらうことができたな。
ゴーレムの爺さんにも礼を伝えてから、ソフィアと共に商品売り場を目指すことにした。