第280話 代償
目が覚めると、辺りはすっかりと暗くなっており眼前には満点の星空が広がっていた。
体に何の問題もなければ目を奪われるほどの綺麗な光景なのだろうが、魔力切れ特有の酷い頭痛と体力切れからなる酷い倦怠感のせいで酷い目覚めだ。
俺は重たい体を必死に動かし、ホルダーに入れて置いたポーションを手に取って口へと運ぶ。
吐き気に襲われながらもなんとか一瓶飲み干すことができ、次第に体の方は楽になってきたのだが……もちろんのこと魔力切れによる酷い頭痛は治まらないままだ。
魔力ポーションは持ち合わせていないため、この状態でエデストルまで帰らなくてはいけないのは少々辛い。
立ち上がって正面の木を確認してみると、気絶する前の記憶は決して夢ではないことを根本からへし折られた木が物語っていた。
辺りが暗くてふっ飛ばした木は目視できないが、恐らくこの先に転がっているはず。
拳を放った後の地形がどうなっているのかも、じっくりと観察したいのも山々だが……。
酷い頭痛のせいで碌に思考することもできないため、とにかく少しでも早くエデストルに戻ることを考え、服についた土を手で掃ってから俺はエデストルへの帰路へと着いた。
運が良かったのか、帰りの道中でも魔物に襲われることはなく、無事にエデストルへと帰還することができた。
転がり込むように入った商業通りの道具屋で魔力ポーションを購入し、路地裏のゴミ箱に腰を下ろして一気に飲み干す。
魔力が多少戻ったのか酷い頭痛と体の痺れは若干良くなり、ようやく思考する余力が出てきた。
本音を言うならば魔力ポーションをもう一本購入したいところだが、ポーションは意外と値が張るし、先ほど回復ポーションも使ったためこれ以上の無駄遣いはできない。
もう夜で今日の残された時間は少ないし、このまま踏ん張ってやり過ごすしかないな。
後回しにしていたボルスさんとヘンジャクのとこにはこれから行くとして……その前に【自滅撃】についての考察をしておこう。
気絶してしまったため若干記憶が曖昧ではあるものの、ある程度のことは覚えている。
スキルの使用と共に全ての体力と魔力を失う感覚に襲われ、その直後に逆に味わったことのない爆発的な力が体全体に漲ってきたのだ。
その漲った力を全てぶつけるように木に向かって拳を放つと、根本からへし折れてふっ飛んでいったんだったよな。
スキル名に偽りはなく、スキルを使った瞬間に自分の全ての体力と魔力が失われたものの“自滅”だけがこのスキルの全てではなく、そのデメリットに見合う強烈な一撃を放つことができるスキル。
使いどころは限られすぎているが、ただのパンチで木をふっ飛ばせるほどの超高火力を出せる優れもの。
主な使いどころとしては敵が残り一匹でこちらの余力がない時に切る、最後の切り札的な使い方が理想だと思う。
あと気になる部分でいえば、あの一撃の威力は固定なのかどうか。
仮に残っている体力と魔力が多ければ多いほど威力が上がるのだとしたら、戦闘開始と共に強烈な一撃を叩き込むのもアリかもしれない。
逆にヘロヘロの場合は大した威力にならないとかだと、【自滅撃】の切り札としての優位性は損なわれる。
心情的には威力は固定であってほしいが、普通に考えるのであれば残体力、残魔力依存だろうな。
正直もう試したくはないが、スキルを正確に把握するためにも近い内にまた試すとして――【自滅撃】の考察はここまでにし、お礼参りの続きを行うとしようか。
気絶して結構な時間眠っていたせいで、どちらか一方しかちゃんと回れる時間がない。
……少し悩んだがヘンジャクの方を先に挨拶しに行き、ボルスさんは適当に戦闘の約束だけ取り付けて帰ろう。
まだ微妙に痛む頭を手で押さえながら、俺はヘンジャクの家へと向かった。
昼間は誰もいる気配がなかったが、今はしっかりと明かりがついており、推測通り採取を終えて家に戻ってきている様子。
夜に尋ねることに若干申し訳なさを感じるが、俺はヘンジャクの家の扉を勢いよく叩いた。
数回叩いてから待っても返答はなく、再び扉を数回叩いたのだが出てくる気配はない。
家にいることは間違いないし、前回と同じように居留守を使うつもりだろう。
それが分かっているのなら出てくるまで扉を叩くまでだ。
中にいるであろうヘンジャクに声を掛けつつ、俺がノックし続けていると――流石に観念したのかゆっくりと扉が開かれた。
「……やっぱりクリスか。元気になったようで良かったが――毎度毎度、儂に嫌がらせしに来てるんか?」
「違う。変わった薬草を届けてくれたみたいだから、礼をしに来たんだよ」
「礼をしにきた奴の訪問とはとても思えないがの。とりあえず夜も遅いから今日は――」
「ひとまず中に入れてくれ。ロザの大森林の話も聞きたいだろ? 情報のすり合わせといこう」
「知りたいといえば知りたいが、明日じゃ駄目なんか?」
「明日からは鈍った体と勘を取り戻さなくてはいけないから忙しい。とりあえず中に入れてくれ」
「…………チッ」
前回同様、馬鹿デカい舌打ちをしてから、俺を家の中へと招き入れてくれたヘンジ ャク。
礼をしに来た奴の態度ではないのは重々承知だが、今日中にお礼回りを済ませたいからヘンジャクには折れてもらうしかない。
その分、ヘンジャクには入手したロザの大森林の情報を惜しみなく渡すつもりでいる。
相変わらず植物の臭いがキツい家の中を進み、居間に通された俺はヘンジャクと向かい合って座り話を行える状態を作ったのだった。