第279話 特殊スキル
【硬質化】は期待以上の良スキルだった。
正直、汎用性を考えると残り二つは【硬質化】以上のスキルではなさそうだが、不明な点が多いし実際に試してみないと分からない。
そんな俺が次に試すのは、一番謎に包まれておりどんなスキルなのか想像もつかなかった【黒霧】。
これはまさしく使ってみなければ分からないスキルの一つとも言え、使っても分からないスキルの可能性も非常に高い。
本当はラルフでも呼んで、直接体験してもらうのが手っ取り早いのだが……。
不明なスキルということもあり、ラルフで試すのは危険と判断してやめた。
まずは相手なしの状態で試し、分からなかったら次は弱い魔物相手に試す。
それでも分からないようだったら、ラルフに骨を折ってもらうしかないかもしれないが……。
俺はそんなことを考えつつ、スキルを発動させた。
【黒霧】
心の中で念じた瞬間、俺の体から黒い霧のようなものが噴き出て辺りを一瞬で黒く染め上げた。
一切の明かりもない真夜中に迷い込んだ感覚で、スキルの発動者である俺ですら周囲の確認を行うことができない。
手元に明かりとなるものがないため、【ファイアボール】を明かりにしようとしたのだが、恐ろしいことに【ファイアーボール】を使っても周囲が明るくなることはなかった。
【ファイアーボール】を発動させている手を目の前まで持ってくることで、ようやく若干光っていると認識できる程度。
この【黒霧】の範囲内にいる生物全ての目を奪うスキルって感じか。
発動者である俺の視界も奪われるのは欠点とも言えるが、真っ暗になるということが分かっているなら対応の方法はいくらでもあるし、何より俺には常人には持ち合わせていないスキル量がある。
試した感じとして奪われるのは視界だけだし、ザッと思いつくだけでも【知覚強化】【生命感知】【魔力感知】【聴覚強化】【知覚範囲強化】【野生の勘】【音波探知】の索敵スキルとの相性は抜群。
逆に【消音歩行】と【隠密】を発動させれば、俺の位置は極めて特定しづらくなる。
初見の敵はまず対応できない強力なスキルといえるな。
……ただ、たった今もう一つの欠点が判明した。
その欠点というのは、周囲を覆っていた霧は風が吹くと散ってしまうということ。
そこまで強い風ではなかったのだが、俺が出した【黒霧】は風に流されてあっさりと霧散。
僅か十秒ほどで、周囲の確認を行えるほどのものとなってしまっている。
風の吹くタイミングを図らないと無意味となってしまう可能性が高いし、風魔法なんかを使われた場合には一瞬で吹き飛ばされてしまう。
仲間がいる状況では不利に働く可能性もでてくるし、強力なスキルと言える半面で明確な弱点も存在するスキルであることが分かった。
ただ俺が時・場面・場所を間違えさえしなければ、特殊スキルにふさわしい能力だと思う。
あとは視界を奪う以外に効果があるのかどうかだが、こればかりは使ってみても分からなかった。
雑魚敵に試して毒とかの心配がなければ、ラルフに協力してもらって詳しい効果についても調べていきたい。
【黒霧】の能力を調べる最後に、【深紅の瞳】が適用されるのかどうかを調べてみるとしようか。
これで【深紅の瞳】の効果が発揮されてるのだとしたら、【黒霧】は俺にとっては弱点のないスキルとなるからな。
ロザの大森林の濃霧の森では不発に終わったし、あまり期待はせずにまずは【黒霧】を発動。
それから風で吹き飛ばされない内に【深紅の瞳】を使用してみると……視界は真っ赤に染まりながらも周囲をしっかりと見渡せるようになっていた。
白は駄目だが、暗闇ならば霧だろうが見通せるということなのか?
【深紅の瞳】の能力についてはまた新たな疑問が生まれたが、【黒霧】の発動下なら【深紅の瞳】が使えることが分かった。
【硬質化】に続いて【黒霧】も俺の持っていたスキルとの相性が良く、非常に使えるスキルであることが判明できた。
【黒霧】の試し撃ちはここら辺でやめ、最後のスキルの試し撃ちに移るか。
ここまでの二つのスキルは満足すぎる結果だが、最後に残されたスキルが正直かなり不穏なもの。
スキル名は【自滅撃】。
自滅という言葉が入っていることから、試すことすらしたくないスキルではあるのだが……。
せっかく手に入れた特殊スキルを使わずに放置するという選択はあり得ない。
念のために回復ポーションを取り出しやすい位置に置き直し、大きく深呼吸をしてから心の準備を整える。
先ほど【粘糸操作】×【硬質化】で貫通させた木の前まで歩いてから、俺はスキルを発動させた。
【自滅撃】
スキルの使用と共に、一気に体の力が抜ける感覚に襲われた。
体力、魔力共に吸われる感覚の直後、次は吸われた力の何倍ものの力が漲り始め――。
【狂戦士化】を使用した時以上の力が全身に巡っていき、強烈な多幸感に包まれる。
俺はその全身に漲る力を拳に込め、目の前にある木に向かってぶつけてみることに決めた。
振った拳は風を歪ませながら音を置き去りにし、目にも止まらぬ速さで木の根元付近から抉り取る。
体感としては殴ってから数秒後に――爆発音と共に衝撃が駆け巡り、目の前に生えていた木は根本から折れて地面を何度もバウンドしながらふっ飛んで行った。
強烈な一撃だったからこそぐちゃぐちゃな拳を頭の中で想像し、恐る恐る視線を下に落としたのだが……。
拳にはヘラクベルクが使っていたような可視化されるほどの魔力が張り巡らされており、そのお陰か傷一つついていない綺麗な拳。
大きく息を吐き出し安堵したのも束の間、強烈な倦怠感が全身を襲われ俺は膝から崩れるように地面へと倒れた。
そこからは一切の思考する猶予もなく――俺は強制的に深い眠りへとついたのだった。