第274話 条件
ダンジョン街へと着き、そのままの足でダンジョン専用の冒険者ギルドへとやってきた。
前回訪れた時と同じように裏口から入り、関係者以外入れない場所を通って応接室へと入る。
念のため【魔力探知】と【生命探知】を発動させているが、冒険者内から強い魔力も生命力も感じられないな。
スキルで感知した通り、やはり応接室の中には【月影の牙】の面々はおらず、部屋にいたのは眼鏡をかけた色白で弱々しい細いおっさんだけだった。
「こんにちは。私はこの冒険者ギルドの副ギルド長をやっております。メルビンと申します」
「ああ。【月影の牙】の人達はいないのか?」
「まだ宿屋におられると思いますので、つい先ほど職員のものを迎えに向かわせました。少々お待ち頂いてもよろしいですか?」
「大丈夫だ。わざわざすまない」
「いえいえ、滅相もございません。【月影の牙】様の御客人でございますし、御用がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
俺なんかにペコペコと頭を下げ、丁寧な口調で媚びてくる副ギルド長。
この対応から【月影の牙】がどれほどの力を持っていて、冒険者ギルドが下に出ざる負えないのが伺い知れるな。
【月影の牙】がグリースのような悪人だったならば、この冒険者ギルドは崩壊していただろう。
俺はそんなことを考えつつ、副ギルド長が部屋から出ていくのを見送った。
「超特別待遇だな。ヴィンセントと会うときはいつもこんな感じなのか?」
「いや、俺が会うときはダンジョンで偶然鉢合わせるとかだから、こうやって待って会うってのはないな! というか俺がこの応接室に入ったの、前回クリスと一緒に来た時だけだぜ!」
「へー、そうだったのか。……それで今回は誰がここに来るんだ?」
「ヴィンセントさんとフェシリアさんだけじゃねぇか? もしかしたらリアムさんも来るかもしれないけどな! クリスとヴィンセントさんの約束の証人みたいになってたし!」
じゃあまた、前回会った三人で来るってことか。
他の面々も会ってみたい気もするが、全員癖が強そうだし俺は基本的に癖が強い人物とは反りが合わないからな。
そんなことを考えながらラルフと雑談しながら待っていると、背後から強烈な生命反応と魔力反応が感知できた。
この反応は、ヴィンセントとフェシリアのものだろう。
「ラルフとクリス、待たせて悪かったな! フェシリアから軽く聞いたが、探索は大成功だったらしいじゃねぇか! ……でも、クリスは疲労で体調を崩したんだろ?」
部屋に入るなり大声で話しかけてきたヴィンセント。
そのまま俺達の前のソファに座ると、ニヤニヤとした表情浮かべながらそう尋ねてきた。
うるさいヴィンセントの後を静かについてきているのは、フェシリアとリアム。
どちらも少し申し訳なさそうに俺達に軽く会釈してきた。
「お陰様で大成功だった。疲労というよりもスキルの実を食べたからだな」
「スキルの実ッ! やっぱり採取した実ってのはスキルの実だったのか! おいっ、俺との約束は覚えているよな?」
「スキルの実を見せるって約束だったよな? ちゃんと持って来たぞ」
「見せる……? 俺に一つ渡すって条件じゃなかったか?」
部屋に入った時からニヤニヤと笑顔を見せていたのだが、途端に真顔になり体を乗り出して俺に問い詰めてきた。
……やはりヴィンセントは苦手だな。
多分、約束の内容を覚えていてやっているし、俺が仮に折れたら本当にスキルの実を受け取るつもりだろう。
「違う。渡す条件は三十個以上採取できた場合のみだ。今回は計四つしか採取できなかったから見せるだけ。約束の内容はリアムとやらが、採取した個数についてはフェシラが知っている」
「あ、合っていますね。ヴィンセントはその内容で契約していました」
「こっちも合っていますね。探索で四つしかスキルの実を採取しておりませんでしたよ」
「……あれ? そんな契約内容だったっけか! クリス、悪ぃな! てっきりスキルの実を貰う約束してたかと思ってたわ!」
真顔から一変、またしても笑顔へと変わり、悪びれる素振りは一切ないけども俺に謝罪の言葉をかけてきた。
何度も思うが、本当にヴィンセントは苦手だ。
「勘違いしていたのなら別に構わない。スキルの実を見せる約束はしていたから、勝手に見てくれ」
俺は持参したスキルの実を鞄から取り出し、机の上に置いた。
先ほどの反応から興味を示して、食い入るようにスキルの実を見るかと思ったが……。
適当に遠目に観察した後、満足そうに片手でもういいという合図を送ってきた。
「これで契約は終了だな! また何かあったら声を掛けてくれや! ラルフの友達ってことで良くしてやるからよ!」
「ああ。何かあればよろしく頼む」
「ヴィンセントさん、ありがとうございました!」
「いいって、いいって。可愛い後輩の頼みだからな!」
スキルの実に興味があるのかないのか。
何故こんな条件でヴィンセントが契約したのか理解できないまま、俺は取り出したスキルの実を鞄へとしまい直す。
それからヴィンセントと楽しそうに話しているラルフを横目に、俺はもう用がないためまたしても一人で応接室を後にすることにした。
「ラルフ、後はよろしく頼む」
「ああ! ボルスさんに会ったら俺のこともよろしく頼んだ!」
ヴィンセントの苦手意識は拭いきれないまま、俺はラルフと短い会話をし正面に座る三人に軽く会釈してから、冒険者ギルドを後にしたのだった。