第261話 疲労感
額から流れる大量の汗を拭いつつ、スキルを全て解除する。
それから黒ずんだ地面を見ながら、俺は全身の力を抜くように腰を下ろした。
久しぶりにここまで疲弊した気がする。
攻撃に関しては一度も受けることはなかったものの、一撃も食らってはいけないという緊張感の中、スキルをガンガンに発動させていたせいでここまでの疲労が溜まっている。
……あとは、単純にフェシリアが期待外れだった。
ヒヒイロカネ冒険者と聞いていたし、俺が勝手に期待値を上げていたのもあるが、まさか最初の攻撃を当てるのに十数分も擁するとは思ってもいなかった。
それも俺が指示して急かしたからだし、あのまま【ライトニングボルト】を打ち続けられていたら、こっちが先にやられていたのは明白。
戦闘前にあれだけのことを言っていたフェシリアが、今どんな顔をしているのか見上げて見てみると……。
震える膝に手をついて、俺以上に満身創痍な様子だった。
「大丈夫か? 随分と疲れているみたいだが」
「だ、大丈夫です。そっちこそ疲弊し切っているんじゃないですか?」
「当たり前だろ。攻撃役を任せたのに、全然攻撃を当てないんだからな。結局倒すのに一時間かかったし、近距離で避け続けた俺の身を考えろ」
「う、うぐぅ……」
流石のフェシリアも言い返す言葉が見当たらないのか、情けない声を出しながらたじろいでいる。
……まぁフェシリアにはまだ世話になる訳だし、本来の目的は氷の足場を作る要因。
フェシリアに求めていた仕事は完璧にこなしてくれた訳で、こっちが過剰に求めていただけ。
今回の戦闘についてを責めるのはこれぐらいにして、機嫌を悪くさせないよう褒めるとするか。
「ただ、一発当ててからの攻撃は流石だった。一本の腕を狙った魔法を的確だったし、最後の一撃の魔法は見たこともない威力だった」
「……ですよね。あの魔物が予想以上に強かっただけで、私個人の仕事は十二分にやれたと思います!」
「そうだな。結果倒せたんだし良かったと思うぞ。それじゃ、テントに戻るとする――」
「クリスに一つ質問があるんですがいいですか?」
膝に手をついて立ち止まっていたフェシリアだったが、ゆっくりと俺の前までやってきてそんなことを言い出した。
質問に答えるよりも、早くテントに戻って少しでも休みたいんだが……。
真剣な眼差しで俺を見ているため、変に断りづらいな。
「……別に構わないけどなんだ? 文句なら一切受け付けないぞ」
「文句? その逆です。階層主クラスの魔物相手に一人で捌き切るなんて、貴方は一体何者なんですか?」
何者? 何者と聞かれてもな……。
なんて答えていいのか分からない難しい質問。
「何者と聞かれても普通の冒険者。としか答えようがない」
「確かプラチナランクでしたよね? 普通のプラチナランク冒険者ならば、あの魔物相手に瞬殺されますよ」
「なら、普通よりも少しだけ強い冒険者だな」
「それに本職はタンクではありませんよね? ラルフがタンクで貴方はアタッカー。本職ではない人の動きではありませんでした」
「タンクに関しては元々やっていたってのもあるからな。一時期は俺がタンクでラルフがアタッカーだったんだよ。それに、とある人から指導を受けてコツみたいのを最近掴んだ」
「そのとある人って誰ですか?」
食い気味でそう尋ねてきたフェシリア。
ボルスのことを話してもいいが、ここで話すとなると時間を食ってしまうからな。
とにかく体を休めたいし、この場所だと別の魔物がやってくる可能性もある。
何をするにしても、ひとまずテントに帰りたい。
「話すと長くなるから戻ろう。今、別の魔物がやってきたら対処できない」
「……確かにそうですね。とりあえずクリスに実力があることは分かりました。生意気な態度でもイラッとくることはなさそうです」
「別に生意気な態度を取っている訳じゃないが、まぁそれなら良かった」
こうして一度話を止め、俺達はテントへと引き返すことにした。
疲労感が半端ないが気力を振り絞って索敵スキルを発動させ、警戒に警戒を重ねて洞窟内を戻って行く。
幸い魔物の反応はなく、戦闘を行うことなく入口に建てたテントへと戻ってくることができた。
「あれ? テントの外に人が立ってませんか?」
「というか、三人共テントから出ているな」
「私達がいないことに気が付いたのでしょうか」
「俺達がテントから離れた後に、さっきの魔物の気配に勘付いて起きたのかもな」
フェシリアが言う通り、テントの外には心配そうにこちらを見つめる三人の姿があり、俺らの姿が見えたのかスノーがこっちに向かって走ってきた。
走ってくるスノーにフェシリアは嬉しそうに口角をピクつかせているが、スノーはもちろんのことフェシリアを無視して俺に向かって飛び込んできた。
「スノー、心配かけて悪かったな。……あと、もう体がデカいんだから猛スピードで飛び込んでくるのは控えてくれ」
「アウッ!」
俺の忠告は聞こえていないようで、嬉しそうに俺の顔をベロベロと舐めまくるスノー。
しばらく好き放題させた後、スノーを抱き抱えながら三人の下へと歩いて戻る。
「おい、クリス! 起きたらいないし心配したんだぞ! どこ行ってたんだよ!」
「ちょっと嫌な気配がして目が覚めてな。その気配が近づいているのが分かったから、起きてたフェシリアと様子を見に行ったんだよ」
「そうだったんですか……。とりあえず何事もなかったみたいで良かったです」
「そういう三人はいつ起きたんだ?」
「洞窟の奥から凄まじい爆音が轟いてからよ。三人同じタイミングで跳ね起きたわ」
凄まじい爆音……? フェシリアの最後の魔法か。
全く意識していなかったが確かに洞窟内だし、あれだけの爆音が鳴り響けばここまで音が届いてしまう。
「それはすまなかったな。その爆音はフェシリアの魔法による音だ」
「……てことはよ、お前とフェシリアさんでその嫌な気配がする魔物を倒したってのか!?」
「気づかれてしまったから仕方なくだ」
「二人でなんて危険ですから、次からは絶対にやめてくださいね!」
「すまなかった。嫌な気配を感じたら、次からは全員叩き起こすよ」
「……それはそれで私は嫌だけど」
ミエルの呟きは聞こえないフリをし、ひとまず何があったかの報告を三人に済ませた。
それから体力を回復させるべく、俺とフェシリアは少しだけ寝させてもらうこととなった。
あのタコの魔物のような奴が洞窟内にうじゃうじゃいるとなると、探索することに対して少し気が引けてくるが……ここで引き返すという選択肢はない。
明日からの本格的な探索に向け、ごちゃごちゃと考えずに眠ることに決めた。