第254話 氷の足場
予定を急遽変えるというグダグダがありつつも、俺達は無事に日暮れ前に人型兎の拠点へと辿り着いた。
かなりのハイペースで移動していた訳だが、二人共ケロリとした表情でついていきていることから、やはり相当力があることは明白。
魔法使いだからといって、余計な心配はしなくても大丈夫そうだ。
それから東エリア探索についての話をしつつ夜ご飯を囲み、疲れを取るべく早めに就寝した翌日の早朝。
全員が準備を整えたのを見て、いよいよ東エリアの探索へと移る。
「昨日何度も話したが、東エリアからは全く別の場所と思ってくれ。危険な魔物も一気に増えるから、くれぐれも足元への注意は怠るなよ」
「しつこいですね……。こちらも何度も言わせて頂きますが大丈夫です。ダンジョンには危険な魔物がいますので慣れていますので」
「クリスの奴がしつこくてすいません! でも本当に危険なので、大丈夫だと思っていてもくれぐれも気を付けてください!」
俺とフェシリアのピリピリ具合を察し、ラルフがすぐさま仲介に入ってきた。
昨日から……というか、フィシリアの奴は俺にずっと突っかかってくるんだよな。
口の利き方が気に食わないようだが、意外と細かいことを気にする奴が多くて面倒くさい。
「クリスさん、行きましょう。私も二人の傍で警戒しておきますので」
「そうそう。時間なくなるから早く行こう」
ヘスターとミエルに促され、今度こそ出発することになった。
まずは。地面が泥濘始める地点まで辿り着くこと。
どの地点から氷魔法による足場を作るかは現場判断としているが、まずは辿り着かないことには始まらない。
既に二度足を運んで見てはいるけども、最大限の警戒をしつつ向かおうか。
……ふぅー、やっと見えてきたか。
レックスビルが現れたことで、少し対応に手間取ってしまったが無事に辿り着くことができた。
ここから先は地面が泥濘始めており、これより先へ進めば水位が増えていくという分岐点。
さっきは一匹のレックスビルで大騒ぎだったが、この先はうようよといるからな。
どこから足場を作るのかも慎重に精査していきたい。
「クリス! 前回はここで進むのを止めたよな? この先から魔法を使って進んで行くのか?」
「俺自身決め兼ねていて、魔法を使う本人たちに委ねたいと思っている。前回見ただろうし、ヘスターの意見から聞かせてくれ」
「私はここから魔法を使っていいと思います。決め手はさっきのレックスビルですね。ミエルさんの慌てようが凄まじかったですし、この先はもっと現れるんですよね?」
「ああ。レックスビルだけでいうならば、泥に足を入れただけで十数匹のレックスビルが前回は足に食いついてきた」
「おえ、気持ち悪い……」
またしても表情を酷く歪ませながら、嫌悪感を示しているミエル。
ミエルのことだけでなく安全面を考慮しても、使えるなら使った方がいいのが事実。
ただ最大の問題は魔力について。
一番駄目なのは道中で魔力切れを起こすことのため、魔力量に問題がないのであれば俺個人としても使ってもらいたい。
「俺も安全を考えるならヘスターの意見に賛成だ。だが、二人の魔力量的な問題は大丈夫なのか?」
「私は問題ないと思っていますが、この先の道中の長さによっては持たない可能性もあります」
「少なくとも十数時間は覚悟してほしい」
「私は一日ぐらいなら余裕で大丈夫。あの気持ち悪い虫に襲われるくらいなら、今から使っていきたいわ」
三人共に大丈夫という判断か。
言葉通りに信用していいのかどうか分からないが、実力者だし判断を委ねた方がいいのは事実。
「それならここから魔法を使って足場を作ってもらうか。完全に水で足が埋まるようになるまでは、順番に交代しながら足場を作ってくれ。――まずはヘスターから頼む」
「分かりました。交代制の間は私が頑張らせてもらいます!」
二人に詳しい内容は伝えられないためヘスターのそんな提案に二人は不思議そうな顔しているが、ヘスターは【魔力回復】のスキル持ち。
常人よりも魔力にはかなり余裕があるため、この泥濘区間は二人よりも頑張ってもらうつもりだ。
「ああ。ヘスター、早速頼む」
「分かりました。――ちょっと待っててくださいね」
それからヘスターは両手を地面へと突き出し、何かの詠唱を唱え始めた。
次第に足元が凍り付いていくのが分かる。
一人では不十分といっていたがしっかりと地面は凍り付いており、半径十メートルほどは泥濘ではなくなっていた。
「カッチカチって感じじゃないが、土よりかは硬い地面になっているな。これなら十分に足場として機能している」
「全く存じ上げない方でしたが、魔法の腕は大したものですね。それにその若さ……私達のパーティに加わってほしいぐらいです」
「確かに中々やるわね。中級魔法を扱えるとは聞いていたけど、正直想像以上の実力だわ」
フェシリア、ミエルの高評価も得ながら、俺達はヘスターを先頭に泥濘区間をすいすいと進んで行く。
一人で来た時は足が泥に取られ、一歩進むのに相当な労力をかけていたが、足場がしっかりとするだけでこれほど楽に進めるとはな。
改めて魔法の力を感じつつも、ひとまず水量が増えるエリアまで楽々と移動したのだった。