第249話 ダンジョン
無事にエデストルへと帰還し、ゆっくりと体を休めた翌日。
俺はラルフと共に、初めてエデストルダンジョンに訪れていた。
「ここがエデストルのダンジョンか。遠くからは何度か見ていたけど、こうやって近くで見るのは初めてだ」
「中々にすげぇだろ! 普通に一つの街として成り立ってるからな! 大きな街のエデストルの真隣に、小さな街が一つあるようなものなんだぜ?」
ラルフの言う通り、色々な店が立ち並んでいて一つの街として機能している。
流石に民家は見当たらないが、宿屋はエデストル以上にあるように見えるし、行列のできている店もちらほらとある。
人に関しても意外と一般人風の人も多く見られるが、やっぱり冒険者の数はエデストルと比べると割合は多い。
冒険者は見た目や素行が悪いため、いるだけで治安が悪く見えがちなのだが……屈強な肉体を持つ兵士が見回っている姿も見え、治安維持にはしっかりと務めている様子。
「思っていたよりも悪くない場所だ。もっと荒くれもの達が大暴れしているイメージだったが、これなら普通に生活していけるな」
「確かに冒険者は変なのが多いもんな! ダンジョンなんて腕に覚えのある奴が集まる場所だと思ってたし、グリースみたいな奴がうじゃうじゃいると思ってたけど……。やっぱグリースは特筆して嫌な奴だったってのが分かったわ!」
グリース……。
ラルフの言葉で久しぶりに思い出すが、少しも思い出したくないぐらいには嫌な思い出しかない。
冒険者をやろうと流れついた街が、グリースが仕切っている街だったってのはとんでもない不幸だったのかもしれない。
まぁ役に立つスキルを頂けたし、グリースのお陰でオンガニールの知見を深めることができたことを考えれば、俺の人生にとってはなくてはならなかった存在とも言えるけどな。
「あまり思い出したくはない人物だな。グリースなんかの話はやめて、そろそろ例の冒険者について詳しく聞いていいか?」
エデストルダンジョンの商業通りを歩きながら、俺はラルフにそう尋ねた。
俺がなぜ急にエデストルダンジョンへやってきたかというと、探索を手伝ってくれそうな人物がここにいるため。
その人物とはラルフの話に度々登場していた、例のヒヒイロカネ冒険者パーティ――【月影の牙】。
俺はそのパーティと交渉するために足を運んだのだ。
「詳しくって言ったってなぁ……。俺も時間が空いた時に軽く交流しているだけで、あんま知らないんだよな!」
「知っている情報だけでいい。ラルフが指導を受けている人の情報だけでも構わんから話してくれ」
「分かったよ。【月影の牙】は五人からなる冒険者パーティ。【剣聖】【龍騎士】【大神官】【賢者】の誰もが憧れるような王道のパーティ構成だな! 俺はその中の【龍騎士】を授かった――」
「ちょっと待て。四つの職業しか言ってないぞ。五人パーティだろ?」
「あとの一人は知らん! 色々と話を聞いたけど、どんな人物かって話が出てこないしな! 一度見たけど、なんか小さい人ってだけで凄みはあんま感じなかったぜ?」
折角なら全員の情報を聞きたかったが、知らないなら聞くことはできない。
【剣聖】【龍騎士】【大神官】【賢者】と並んでいるのだから、余程の実力者だとは思うけど……気になるな。
それから俺はラルフから四人の大方の情報を聞き出し、ダンジョンに着く前に【月影の牙】についてのある程度の情報を頭に入れることができた。
勧誘するのはもちろんラルフと親交の深い【龍騎士】――ではなく、氷魔法の扱えるであろう【大賢者】。
アポは取ってくれているからすぐに会えるだろうが、かなり緊張してきた。
この勧誘に失敗すれば、俺の心当たりのある人物はゼロになるからな。
ロザの大森林の成否がかかっている大事な勧誘。
しっかりとお願いし、手伝ってもらえるように話を進めていこう。
俺が一人で考え込み気合いを入れ直していると、人で溢れ返っている場所が見えてきた。
恐らくあそこが――ダンジョンへと繋がる場所だろう。
「クリス、着いたぜ! こっちがダンジョンへと続く洞穴! んで、こっちがダンジョン専用の冒険者ギルドだ!」
「凄い人だな。あれだけの人がダンジョンに潜るのか」
「ああ! だから低階層は本当にしんどいんだぜ。魔物よりも冒険者のが多いくらいだからな!」
「確かにその状況はしんどいな。それで、【月影の牙】はどこで待ってくれているんだっけか?」
「冒険者ギルドの中って約束だけど、有名だし目立つから裏にいるって言ってた! クリスはここで少し待っててくれ!」
ラルフはそう言うと、一人で冒険者ギルドの中へと入ってしまった。
俺は一人取り残されてしまったため、【生命感知】を発動させて大勢いる冒険者から強者を探す遊びをする。
…………思っていたよりも強い冒険者はいないな。
もちろん一人一人の質は高いが、飛びぬけた人物はいない。
時間が影響しているのか、それとも何か別の理由があるのか。
意外な結果に少しガッカリしていると、すぐにラルフが戻ってきた。
「クリス、こっちに来てくれ! 裏から入れてもらえるってよ!」
「ああ。分かった」
俺は呼ばれるがままラルフとギルド職員のいる場所へと向かい、文字通り裏から冒険者ギルドの中へと入った。
関係者以外入れないような場所を抜け、応接室のような部屋に入ると――俺は全身から鳥肌が立つくらいの強烈な生命反応を感知した。
俺とラルフが部屋に入るなり潜めていた力を解き放ったようで、そのギャップでより強さを直に感じる。
ラルフからは五人と聞いていたが、部屋のソファで座っているのは三人。
一人を除いて圧倒的な力を持っているこの人らが、【月影の牙】で間違いないだろう。