第248話 本番に向けて
「ここがクリスが言っていた水没林ってところか! でも水没林ってより、オックスターでオークの群れと戦った沼地に近い気がするけどな!」
「進むにつれて水量が上がっていくんだよ。それで水量が上がるにつれ、危険な生物がうじゃうじゃ増え始める」
「だから、凍らせて進みたいってことなんですね。でも……正直、想像していたよりも大分広いです。私、スノー、ミエルさん、そしてもう一人を集めたとしても、水没林全域を凍らせるのは不可能ですね」
「不可能!? せっかく拠点まで作ったのに探索は不可ってことかよ!」
「全域を凍らせるのが不可能ってことだろ。足場を作るぐらいなら大丈夫なんだよな?」
「はい。魔力量が足りるかどうかが少し怖いですが、足場を作って進んで行くことは可能だと思いますよ」
やはり事前にヘスターに見せておいて良かったな。
足場しか作れないのは不安材料だが、足場しか作れないと今分かったのは好材料。
俺に追走して狙っていた足長鳥や、空から狙っていた大きな鳥。
それから水面を跳ねるように攻撃してきた肉食魚に、薄い氷程度なら軽々と破壊するであろう生物の死骸も見つけている。
どう対策するかが今後の探索において重要になってくる部分だな。
「水没林は人が寄りつけない場所というせいで、色々な生物が独自の生態系を作りあげている場所だからな。氷魔法を扱えない俺とラルフでどう対策、対応するかが鍵になる」
「探索はできるっちゃできるってことで、無事に探索できるかどうかは俺とクリスにかかってるってことか! でも水中から襲ってくる敵なんて、一体どうしたらいいんだよ!」
「それを帰ってから考えるんだよ。四六時中襲ってくるって訳じゃないし、やりようはいくらでもあるはずだ。……とりあえず、次来た時に俺達が探索するのはここから更に進んだ先。イメージは今からしておいてくれ」
「分かりました。一目だけでも見れて良かったです」
水没林の入口でそんな会話をした後、俺達はエデストルに戻るために引き返した。
地面が緩くなり始めたところで引き返したお陰で、レックスビルに襲われることもなく東エリアから南エリアへと戻ることができ、そのままの足で俺達はオークの拠点まで戻ってこれた。
「ここの拠点まで戻れれば、もうほとんど無事に帰れたと思っていいだろう。森に慣れない内から重労働で大変だったろうが、手伝ってくれて本当に助かった」
「別に礼なんていらねぇよ! クリスが強くなるために必要なことなら、俺達が協力を惜しむことはない! なぁ、ヘスター?」
「ええ。手伝えることならいくらでも手伝いますよ!」
「……本当に頼もしいと思えるようになった。二人がゴブリン一匹狩るのに手こずっていたのが遠い昔のように感じるな」
まだパーティを組む前の苦くもあり懐かしい思い出に、俺達は三人顔を合わせて笑い合う。
そんな俺達の様子を、スノーは首を傾げながら不思議そうに見ていた。
「一日中二人で外を駆け回って、狩ったゴブリンが五匹とかでしたからね。今考えるとあり得ない状況ですけど、あの苦労を味わったからこそ今の私がいます」
「クリスがいなければ確実にあの生活のまま、俺達人生を終えていたよな! 何も持っていなかった俺達を助けてくれて、人生の底から引き上げてくれた恩を俺は一生忘れない」
「別に俺がなんかしなくとも、二人の実力ならいつかは底辺から這い上がってただろうよ。……てか、昔話はこれくらいにしてロザの大森林から出るとしようぜ。二人はここから出口までの道は覚えているよな?」
昔話で話に花が咲きそうになったところを切り上げ、帰還の提案をする。
出会ったばかりの頃のラルフの俺に対する高圧的な態度とか、ヘスターの不愛想な感じとか……。
話そうと思えばいくらでも話せるし語り合いたい気持ちも大きいが、今は他にやるべきことが詰まっているからな。
「帰り道はもちろん覚えてますけど、クリスさんは一緒に戻らないのですか?」
「ちょっと危険な有毒植物の様子を見に行きたいから、二人とスノーは先に戻っていてほしい」
「そういうことなら先に戻ってるけど、くれぐれも気を付けろよ? 今の昔話が死ぬ前振りみたいになってる気がしてきたぞ!」
「大丈夫だ。俺は一人で何週間も潜っているんだからな。ただ、くれぐれも注意はする。それじゃ先に帰って色々とやっておいてくれ。よろしく頼んだぞ」
「分かりました。エデストルでお待ちしております」
二人とスノーにそう告げてから別れ、俺は一人で再び森の奥を目指して歩き出した。
前回からそう時間は経っていないが、恐らくフクロウのオンガニールの実は生えているはず。
まぁ、オンガニールが作付している前提の話ではあるけども。
不意を突いて仕留めただけだから、実際の強さがほとんど分からない。
弱ければ作付されていない可能性も十分にあり得るんだよな。
そんなことを考えつつ、気を引き締めながら森を進んで行くこと数時間。
俺はオンガニールの生えている場所へと辿り着いた。
運ぶのに苦労したし、どうか生えていてくれ――そんな切なる願いが実ってか、転がっているフクロウの魔物の死体の心臓付近からオンガニールがしっかりと生えているのが見えた。
最初に見つけた人型兎のオンガニールは枯れてしまっているが、その代わりにフクロウの魔物からまだ青いが実が実っている。
再び生えていたオークキングのオンガニールも回収しつつ、俺はフクロウのオンガニールも採取した。
あとは……無事にエデストルまで帰るだけだな。
拠点の作成にラルフ、ヘスターに東エリアを見せることができ、更にフクロウの魔物のオンガニールも回収。
短い期間ではあったが、十分すぎる成果を得ることができた。
後はエデストルに戻って手伝ってくれる人物を見つけ――三日後の本格的な探索に備えるだけ。
あと少しでクラウスに匹敵する力を得られるかもしれない。
俺は微かに震える手を握り絞め、逸る気持ちをなんとか抑えてからエデストルへの帰路についたのだった。