第247話 下準備
倒れる人型兎を見下ろしながら、俺は【ファイアボール】で死体を焼却していく。
俺に対して猛攻を加えていた僅か数十秒後に全滅するなんて、この人型兎たちは思いもしていなかっただろうな。
まぁ猛攻を受けたといっても、俺が完璧にコントロールしていた訳だけど。
「よお、クリス! 完璧だったんじゃないか? クリスが一方的にやられているのを見た時は少し焦ったけど、傷一つないところを見るとわざと攻撃させていたんだろ?」
「ああ、そういうことだ。ボルスさんから色々教わってな。そのやり方を試していた」
「やっぱそうだったか! こんな場面でも試せる余裕があるとか流石だな! ……ん? ボルスさん?」
「それより、巣にはもう人型兎は残っていないのか?」
満面の笑みで近づいてきたラルフとそんな会話をしつつ、巣を突っ切ってきたラルフに状況を尋ねる。
「んー……ああ! 家の中までは調べていないけど、気配はしなかったからもういないと思うぜ?」
「そうか。巣から離れている人型兎がいるかもしれないが……。これで巣の占拠は完了ってとこだな」
「へへ、久しぶりの群れ相手だったけど、思っていたよりずっと楽勝だったぜ!」
「今回楽だったからと言って、絶対に油断するなよ。人型兎より危険な魔物はうじゃうじゃといるからな」
「――クリスさん。こっちの死体は燃やし終わりました。ここからはどうしますか?」
ヘラヘラとしているラルフに釘を刺していると、死体処理を終えたヘスターが戻ってきた。
ここからどうする……か。
もう空は橙色に染まっており、あと一時間もすれば暗くなる。
すぐに切り上げ、オークの拠点に戻るのがベストだろう。
「すぐに最初の拠点に戻ろうと思ってる。そして明日の朝一番でここに戻り、巣を改良して拠点に変えるつもりだ」
「え? 明日またここに来るのに、最初の拠点まで戻るのか? 巣にいた兎の魔物は全部倒したんだし、ここの巣で一夜明かせばいいんじゃないか?」
「拠点としては不十分だから駄目だ。巣から離れている人型兎が戻ってくるかもしれないし、他の魔物が襲撃してくるかもしれない。それに建物の状態も確認できていないからな」
「私もクリスさんの意見に賛成です。食料とかもあっちの拠点に置いたままですし、一度戻って体勢を立て直すのが良いと思います」
「うへー。じゃあさっさと戻ろうぜ! 意外と距離あったし、早く戻らないと真っ暗になっちまう!」
ラルフを納得させ、俺達は一度オークの拠点へと戻ることとなった。
戻っている途中で完全に日が落ちてしまったが、【深紅の瞳】のお陰で迷わず拠点へと戻ることができた。
明日からは、人型兎の巣を改良しての拠点作り。
今日も初日なのに色々と作業したし、少しでも体を休めさせようか。
パーティ全員でロザの大森林に入ってから、三日が経過した。
一昨日、昨日と拠点作りを行い、無事に南エリアの東に拠点を作ることができた。
しかも今回はヘスターがいたお陰で、オークの拠点よりも質の高い拠点に仕上げることができたと思う。
もちろんラルフも素材集めでは役に立ったし、俺一人では時間がかかっていた作業も三人で行うと驚くほどスムーズに行え、人数による力を改めて感じた二日間だった。
「いやー、快適な拠点が作れたんじゃないか!? カーライルの森の拠点も入口付近の拠点も、クリスが作った拠点だったから何とも感じなかったけど……。自分で作るとなるとかなりの達成感と愛着が湧くな!」
「愛着は分からんが、拠点作りが大変ってのは分かってくれただろ?」
「ああ! なんつっても、かなりの頻度で魔物がやってくるのが厄介だな! スノーが対応してくれたから何ともなかったけど、俺は一人じゃ絶対に拠点なんて作れないわ」
「そう。だから防護柵が必須なんだよ。初日もわざわざ入口の拠点まで戻った理由が分かっただろ?」
ラルフはカーライルの森のせいで森に対しての恐怖心がほとんどなく、色々言っても認識の甘さが目立ってたからな。
これで少しは気を引き締めてくれるといいんだが。
「それよりクリスさん。ここからはどうするんですか? 植物採取とかを行うんでしょうか?」
「いや。東エリアを軽く見てから、今日中にエデストルに戻るつもりだ。残り一人を見つけていないし、ミエルと探索に来る四日後までに見つけないといけないからな」
「へ? もう帰るのかよ! 折角、二日もかけて拠点を作ったのに!」
「ここの拠点は本格的な探索に備えてのものだ。次来るときは嫌でもここで寝泊まりしてもらうから安心しろ」
文句を垂れるラルフにそう言い放ち、早速二人とスノーを連れて東エリアへ向かう準備を整える。
東エリアに関しては、スノーも初めて連れていく場所。
ここまでは俺とスノーで先導していたが、ここからはメディスンアリやレックスビルの脅威が大きくなるため、俺一人で索敵を行い先導していく。
二人とスノーには、とにかく足元だけを気を付けるように言いつけ、俺は周囲の索敵及び襲ってくる小さな魔物に注意する。
俺に先に攻撃させる毒見役のような形でどんどんと進んで行くと、徐々に足元が泥濘始めた。
まだ地面が緩い程度で済んでいるが、これ以上先に進むと靴が泥で埋まってしまう深さとなる。
スノーにも靴のようなものを履かせているとはいえ、軽い偵察としてはここまでが行ける限界だな。