第238話 逃げの思考
ボルスに指導されながら実際にこの戦い方を試して気づいたのだが、この戦法は普通の戦闘にも十分に応用できる。
ボルス流の逃げ戦法をどう俺の戦い方に落とし込めるか。
アルヤジさんの時と同様、確実に戦い方を俺のものにする。
まずは二人を視界に捉えるべく、片方に正対するのではなく半身の状態となり右目ではボルス、左目ではルーファスを捉えられるように位置取る。
俺の動きに察知づいた二人も、なんとか俺の視界外へと移動しようとしているが、俺も二人を視界内に留まるように動き続けた。
部屋としては広いが、本気の戦闘を行うには狭い修練部屋。
この部屋の広さで俺の視界外へと移動することは無理と二人は判断したのか、対角線上に幅を取っていたところを一気に詰め始め、俺の真正面から二人並ぶように向かってきた。
前にボルスで後ろにルーファス。
この陣形で一番気をつけなければいけないのは、ルーファスの魔法かスキルによるあの遠距離攻撃。
俺は一切動かずに攻める気配を見せず、ただ二人が動くのを待つ。
思考は常に逃げの一手。どちらかに意識を向けるのではなく、四割ずつ意識を向けて残りの二割は周囲にも気を向けていく。
逃げ場所の確保や意図せぬ方向からの攻撃にも対応できるよう、頭をフル回転させて言葉通り“全て”に備える。
重要なのは、例えどちらか一方が攻撃を仕掛けてきたとしても意識を全て向けないこと。
スキルも駆使して修練部屋全体に視野を広げつつ、俺は二人の攻撃を待つ。
そんな緊迫した雰囲気の中、先に動いたのは前に立っているボルスからだった。
分かりやすい隙を俺に見せつつ、真正面から突っ込んできている。
木剣を強く握り、如何にも攻撃を仕掛けてくると見せかけているが――相手を注視することに切り替えた俺の目はもう誤魔化せない。
足さばきや腕の力の入れ具合が攻撃を行おうとしている者のそれではなく、眼球の動きからも背後のルーファスを意識しているのが丸分かりだ。
前衛のボルスは囮で、後衛のルーファスが何かを仕掛けてくる。
僅かな情報から一瞬でそこまで看破した俺は、ボルスも意識から外さないように気をつけつつもルーファスに意識の比重を置く。
攻撃の気配を一切感じないボルスはそのまま俺の間合いまで不用心に足を踏み入れたため、俺は攻めではなくボルスを誘い出すための攻撃モーションを行った。
かかったとばかりに口角を上げたボルスは透かさず急停止。
そこからサイドステップで一気に横へ捌けると、ボルスの後ろで隠れるようにしていたルーファスが木剣を振り下ろす体勢を取っているのが見えた。
二人のタイミングは完璧。
俺がボルスに意識を取られていれば、確実に躱せない連携攻撃であっただろうが――俺は鼻からルーファスに意識を向けて動いていた。
釣り出されたのはボルス達であり、俺はルーファスの攻撃を釣り出した側。
ここからは、真正面から攻撃を仕掛けてくるルーファスの攻撃を看破しにかかる。
距離は十メートルほど離れているが、それでもルーファスは構わず俺の方に向かって剣を振り下ろそうとしている。
さっきは視界外からの攻撃だったため予測もつけられなかったが、木剣を力いっぱい振り下ろそうとしているところを見るとスキルである可能性が高い。
飛ぶ斬撃……。クラウスの【セイクリッド・スラッシュ】と似たようなスキルか?
だとするならば、対クラウスを想定した対応を取れるかもしれない。
まずはルーファスの放つスキルの判別を行うべく、ギリギリまで引き付けて様子を窺う。
振り下ろされた木剣からは何も発生しなかったが、風を切る音と共に何かが俺の方に向かって飛んできているのが分かった。
視認はできないが大した攻撃ではない。
音から攻撃のおおよその予測がつくため、俺はそのルーファスの攻撃を横への移動で難なく躱し、回避すると共に今のスキルについても大体把握できた。
【セイクリッド・スラッシュ】とは違い、飛ぶ斬撃ではなく木剣を振ったことによる衝撃を飛ばしているような感じだな。
どちらかといえば、ヘスターもよく使う風魔法に似ている。
威力は弱いし殺傷能力は皆無といえるが、【セイクリッド・スラッシュ】とは違い視認できないというのは良い点。
木剣ではなく真剣ならば更なる威力の上積みも期待できるし、ルーファスの得意攻撃はあの衝撃波ってことか。
とにかく頭を働かせて正確な分析を行い、相手の動きを少しずつインプットしていく。
僅かな情報の中で、どれだけ相手の理解を深めることができるか。
これがボルス流の戦い方において、一番重きを置いていることらしい。
今この瞬間まではこの戦い方について俺は理解した気でいたが、実際に持てる力を全て使って分析すると得られる情報の量が桁違いに多いということが分かった。
とにかく脳が疲弊していくのが分かるものの、これまでの自分の力を如何に発揮するかという戦い方では見えなかった戦術の幅が、一気に広がっていくのが自分の中で分かった。
ボルスの戦い方は俺を強くすることになる――以前まで漠然としていた直感めいたものが、今この瞬間に確信へと変わったことで俺の顔は自然と笑みを浮かべたのだった。
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