第237話 ボルスの手解き
この国の王女であるシャーロットとの話し合いから、約五日間が経過した。
俺達は順調に依頼をこなしており、いい感じで金の方は貯められている。
ミエルにロザの大森林攻略の手伝いを強要したとはいえ、その分の依頼料は払うつもりでいるため金はいくらあっても足らない。
探しているもう一人の分についても払わなくてはいけないし、未だに人探しは難航しており大金で釣るしかない選択を迫られている。
ゴーレムの爺さんにも引き続き人探しを手伝ってもらっているが、無理となるとやはり金で解決するしかないからな。
ここまでやっておいて、人を集めても尚ロザの大森林の探索ができなかったらと思うと震えるほど怖い。
俺はそんなネガティブなことを考えつつ、夜の商業通りを抜けて『マジックケイヴ』へと向かう。
向かっている理由はゴーレムの爺さんに会いに行くためではなく、爺さんに頼んで修練部屋を使わせてもらっており、三日ほど前からボルスに修行をつけてもらっているのだ。
ロザの大森林や依頼のことなど、やらなければいけないことは山積みなのだが、ボルスからの指導もそのやらなければいけないことの内に含まれている。
正直な話、実際に学ぶことがなければ指導一日目で打ち切ることも考えていたのだが、良い意味でボルスの弱者の考え方や戦い方は身になり、俺から頼みこんで三日連続で指導してもらっている状況。
疲労からくるあくびを噛み殺しつつ、『マジックケイヴ』へと辿り着いた俺は人気が一切なく真っ暗な店を進んで修練部屋へと一直線で向かった。
修練部屋の扉を押し開けて中へと入ると、先に来ていたボルスが軽いストレッチをしていた。
「クリス、頼んだ身分で随分遅いじゃねぇか!」
「別に遅くないだろ。昨日より早いくらいだ」
挨拶がてらにそんな会話をしつつ、俺もすぐにストレッチを開始して体を伸ばす。
それからすぐに木剣を握って向かい合い、ボルスによる特訓が開始された。
「俺が教えたことは忘れていないよな?」
「ああ。体と頭に叩き込んである」
「よしよし。飲み込みも早いし、クリスなら俺のやってることをすぐに身につけることができるだろうよ! ってことで、今日は特別に手伝ってくれる人物を連れてきた!」
向かい合っていたボルスは唐突にそう叫ぶと、広い修練部屋の奥から一人の人物がこっちに向かってゆっくりと歩いてきた。
索敵スキルも使っていなかったし、流石にここでは無警戒だったため人がいることに気づかなかったな。
この人は、一度だけ顔を合わせたことのあるボルスのパーティメンバーの一人。
確か名前は……ルーファスと名乗っていたはず。
「確かルーファスだったか? 手伝うって何を手伝わせるんだ?」
「一回しか会ってないのに名前を覚えてるなんて意外だな! クリスは人の名前なんてそう簡単に覚えない人間だと思ってたわ!」
「俺と挨拶する人間は限られてるから嫌でも覚えるんだよ。それよりも何を手伝わせるんだ?」
「そら指導をだろ! クリスを追い詰める状況を作るために重しをつけたりやらスキルを封印して対応してたけど、それだと“強敵相手”という状況ではないからな。今日は俺とルーファスで二対一の状況で攻め立てる。スキルも使って対処する練習といこうぜ!」
「とのことらしいです。今日はお手柔らかにお願いします」
ボルスの説明の後に、合流したルーファスが軽くお辞儀をして挨拶してきた。
ルーファスの強さは把握していないが、所詮はプラチナランク。
二人がかりでも、スキル全開で戦ったら相手にならないと思ってしまうがどうなんだろうか。
ボルスの計らいは分かるが……まぁとりあえず戦ってみるか。
この三日間で教わったことを試せる貴重な機会であることには変わりない。
「分かった。ひとまず俺も本気を出して戦ってみるとする」
「よーし! それじゃいくぜ? 手合わせ開始だッ!」
ボルスの言葉と共にルーファスは左手側に回り込むように動き、ボルスは右手側に回り込むように動いてきた。
挨拶してきた時のような気だるそうな感じから一転、目に生気を宿して向かってきているルーファス。
普通の木剣よりも短い木剣を両手に持ち、ルーファスは懐に切り込むように鋭く斬りかかってきた。
【知覚強化】【肉体向上】【戦いの舞】【身体能力向上】。
俺は即座にスキルを発動させ、先に仕掛けてきたルーファスの攻撃を受け止めにかかる。
両手に持った木剣を薙ぎ斬るように振ってきたルーファスの攻撃に合わせ、俺も袈裟斬りを合わせたのだが……。
俺が踏み込み木剣を振り上げた直後、ルーファスの口角が上がったのが分かった。
その表情に違和感を覚えて背後に意識を向けると、やはりボルスがルーファスの攻撃に合わせて迫ってきている。
まずはルーファスを弾き飛ばし、すぐにボルスに対応する――頭の中でそんな次の行動をシミュレートしていたのだが、俺のそんな予測を嘲笑うかのようにルーファスは攻撃を中断。
木剣同士がぶつかる前に俺との距離を取ってきた。
ルーファスを吹き飛ばすのは無理だったが、ならばボルスを先に切り崩すだけだ。
そう考えて即座に振り返ったのだが、なんとボルスもルーファスの動きに合わせて俺から距離を取っていた。
二人の無意味な行動に強烈な違和感を覚えた次の瞬間――ルーファス側から強烈な“何か”が俺の脇腹に直撃した。
バランスを崩しながらも何が起こったのか確認してみるが、ルーファスは離れた位置に立っており、平然とした顔で俺を見ているだけ。
視線を切った瞬間に飛んできた何かの攻撃。
魔法かスキルか……いや、考えていても仕方がない。
すぐに切り替え、ルーファスに攻撃を仕掛けにいこうとした瞬間、俺のその動きを読み切っていたかのようにボルスが距離を詰めてきた。
俺は慌てて対応し、なんとか一撃を貰わずに済んだが……後手後手に回されている感覚が非常に嫌だし、二人の攻撃を未だに掴みきれていない。
これは本気でボルスから習ったことを実戦するしかないようだ。
サクッと完勝してスキルなしでの指導してもらうつもりだったけど、これは修行になるかもしれない。
俺は思考をバチッと切り替え、攻撃的な思考から守備的な思考へと切り替える。
今から実戦するのは、ボルスから指導を受けた戦いでの逃げの戦法。
時間を稼いだり逃げる隙を窺うためだけの戦い方なのだが、これから強敵を相手にするにあたって非常に役に立つであろう戦法だ。
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