第235話 一触即発
「それじゃ王女と話させてくれ。お前を介してだと会話が面倒だ」
「まずはその口調から直さないと話にならない」
「もういいわ。ゴーティエは下がっていて頂戴。……挨拶が遅れたわね。私がこの国——メルドレーク王国の第三王女シャーロット・ヴィクトリア・メルドレークよ」
軽く汚れてはいるもののゴーティエと呼ばれた騎士よりも高価な服装、身に着けているものの煌びやかさ、そんな服や装飾品が霞むほどの整った顔立ち。
更に、流麗な立ち振る舞いがそう見せるのか……人気のない汚い裏路地だと言うのに王女が仕草と共に挨拶をした一瞬だけ、俺はこの裏路地が華やかな場所に見えた。
俺をゴミでも見るようなあの表情も頭にこびりついているし、その後の不躾な態度も頭に残っている。
それでも気品あふれると思わせられるのだから、王女という人種は俺とは住む世界が違うというのを一瞬で理解させられた。
「既に聞いているだろうが、俺はクリスだ。よろしく頼む」
だからと言って、俺は媚び諂わないし下手に出ることはない。
俺が王女に持ちかけるのはあくまで対等な関係。
態度を一切変えない俺に口角を一瞬ピクつかせ顔を顰めたが、すぐに真顔へと戻した王女。
ただ、後ろに控えているゴーティエは剣を抜きかけていたのだが、それを王女がすぐに制止させた。
「今の対応で確信したわ。貴方がクラウスの兄だということにね。……多少の無礼は見逃すけれど、度が行き過ぎた時は容赦なく殺すから覚悟しておいて頂戴」
「態度を人によって変えることは基本ないから期待しないでくれ。もし殺そうとしてきたら、王女だろうが俺も容赦はしないぞ?」
殺気を放って言い放ってきた王女に対し、俺も殺気を込めて言い返す。
――その瞬間。制止され、一度は動きを止めていたゴーティエと呼ばれていた騎士が、剣を引き抜き斬りかかってきた。
【知覚強化】のお陰で不意を突かれることなく、俺も剣を引き抜いてゴーティエの一撃を受け止める。
【肉体向上】【要塞】【鉄壁】の三種のスキルを発動させ、完璧なタイミングで受けたのだが――俺の頭に過った記憶は熊型の魔物の一撃。
あの頃とは比べ物にならないほど能力を上昇させ、いくつものスキルを手に入れたはずなのだが、衝撃を殺し切れずに数メートル体が引きずられた。
手は麻痺したように痺れ、骨の髄まで響くような重い一撃。
そんなゴーティエの予想以上の一撃に、俺も思わず糸がプツンと切れてしまう。
ほとんど無意識下で、【戦いの舞】【身体能力向上】【能力解放】のスキルの発動からの【脚力強化】【疾風】で一気に詰め寄り、更に【強撃】と【剛腕】を発動させてから――俺はゴーティエを殺すつもりの一撃を叩き込んでいた。
そんな俺が我に返ったのは、振り下ろした剣がゴーティエに直撃するギリギリのタイミング。
仕掛けてきたのはゴーティエとはいえ、流石に殺してしまうのはまずい。
急いでスキルの解除を行おうとしたが、剣が振り下ろされるまでに解除できたのは【能力解放】と【強撃】のみ。
そんな俺が反撃で放った凄まじい威力の一撃がゴーティエを襲うが、ゴーティエも右手に身につけていた大盾でガードに入った。
「【守護者の盾】【龍光壁】」
地鳴りがするような叫び声を上げつつ、二つのスキルを発動させたゴーティエ。
大盾は光り輝き、暗くじめついた裏路地が一瞬だけ昼間のように明るくなった。
クラウスの【セイクリッド・スラッシュ】と同じ、選ばれた者だけが扱えるスキルの圧。
【能力解放】と【強撃】の二つのスキルしか解除できなかったことを悔やんでいたのだが、今は二つのスキルを解除したことを悔やみながら――俺は思い切り剣を振り下ろした。
手ごたえは抜群。
並みの冒険者なら盾ごと斬り裂いているだろうが、ゴーティエも俺と同じく数メートル体が引きずられただけで、俺の一撃を完璧に殺し切った。
一撃ずつ斬り合って分かったが、こいつは俺の想像以上に強い。
単純な強さだけでなく、鍛えに鍛えられた芯からの強さを感じた。
“こいつ相手なら本気で斬っても大丈夫だ。”
大盾から俺を覗き見る瞳に火が宿っているのを強く感じ、俺達はまるで息を合わせたかのように同じタイミングで再び斬り合いにかかったその瞬間――。
「止まりなさい!」
「止まってください!」
俺とゴーティエの間に入ったのは、王女とヘスターだった。
またしても、息を合わせたように動きを止めた俺とゴーティエ。
強烈な一撃を浴びて冷静さを欠き正気を取り戻したものの、ゴーティエの強さを感じてまた冷静さを欠いたところに、ヘスターが割って入ってくれたことで再び正気へと戻った。
ゴーティエも王女の顔が目の前に入った瞬間に動きを止め、即座に剣を鞘に納めている。
「シャーロット様申し訳ございません。ついカッとなってしまいました」
「ゴーティエ、別に謝ることじゃないわよ。貴方が斬りかかっていなくても、あと一秒遅かったら私が斬りかかっていたから。……ただ、貴方の一撃を受け止めたクラウスの兄に価値があると思って止めただけよ」
俺に聞こえる声量で平然と言ってのける王女。
俺が言えた義理ではないが、王女もゴーティエも血の気が多すぎるな。
「ヘスター、止めてくれて助かった。危うく殺してしまうところだった」
「クリスさん、気を付けてください。ただでさえ、【剣神】から追われているのに王女の側近を殺したとなったら、エデストル――いえ、王国にいられなくなってしまいますよ」
王女とゴーティエに対抗し、俺は聞こえる声量で軽く煽ったのだがヘスターも俺の煽りに乗ってきた。
あのまま続けていたらゴーティエを殺していた――そんな俺の発言に対し、ゴーティエはまたしてもこめかみに青筋を立て、いつ襲い掛かってきてもおかしくないほどに体を震わせている。
「ゴーティエ、少し落ち着きなさい。私はミエルと交えてクラウスの兄と話すから、貴方は少し離れていて頂戴。……そっちの貧乏くさい少年と話していたらどう?」
目を輝かせながら俺とゴーティエの打ち合いを見ていたラルフを指さし、王女はそう毒を吐きつつゴーティエに指示を出した。
「あいつと話すのであれば、私が近くにいなければ危険です」
「ゴーティエ、これは命令よ。私の命令に従えないと言うのであれば……」
「分かりました。失礼いたします」
王女が最後まで言葉を発する前に、ゴーティエは深々と頭を下げてから俺の方へと歩き出し王女から離れた。
その際、両目を見開き俺を睨みながら横を通り、耳元であからさまに舌打ちをかましてきたゴーティエ。
「私の護衛が失礼したわね。それじゃミエルを呼んでから、協力関係についての話を詰めていきましょうか」
「ああ。よろしく頼む」
俺と王女に呼ばれて心底嫌そうな表情をしたミエルを加え、クラウスという共通の敵を失脚及び殺すための協力関係についての話を行ったのだった。
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