第228話 濃霧
洞穴の拠点作りを始めてから、二日が経過した。
巨大ムカデの残骸清掃、洞穴内の苔取り、その他変な小さな虫を全て追い出し、洞穴を綺麗にしたのが一日目。
二日目は近くから使えそうな資材をとにかく集めては洞穴内へと運び入れ、しっかりと住めるように拠点作りを行い計二日を使ってしまった。
拠点の質という部分ではまだ下の下といったところだが、普通に暮らせるようになったということでここの拠点はひとまず完成としたい。
目的はあくまで探索で、拠点作りがメインではないからな。
――と自分を無理やり納得させ、この拠点をベースにロザの大森林の西エリアを探索していこうと思う。
探索期間は四日間を想定しており、この四日間の間に何かしらの成果を上げたいところ。
残りの期間は有毒植物の採取に時間を充てなくてはいけないため、探索の延長は絶対にできない。
限られた日数で成果を上げるためにも、気合いを入れて探索に向かおうと思う。
洞穴の拠点を出て西に進んで行くと、徐々に霧が立ち始めた。
西に進むにつれてどんどんと霧が濃くなり始め、数分後には左右が分からなくなるほどの視界が真っ白となった。
東が水没林だとしたら、西は霧の森って感じなのかもしれない。
もしかしたら、たまたま霧が立ち込めているだけかもしれないが……これだけ霧が凄いと遭難する可能性も出てくるな。
俺はエデストルでコンパスを買っておいたため迷うということはないだろうが、単純にこれだけ視界が悪いと魔物からの襲撃も非常に怖い。
念のため、【深紅の瞳】を発動させて周囲の様子を窺ってみたが、暗闇でないと効果を発揮しないようで余計に視界が悪くなるだけだった。
さて、まだ西エリアに踏み入れたばかりだが、ここからどう動こうか。
仮にこの霧が偶発的なのであれば、今日は探索を切り上げて明日に備えた方がいいのだが、この霧が西エリアの特徴だとしたら探索を続行した方がいい。
……くそ。ヘンジャクからは西エリアの情報は一切なかったから、この霧が偶発的なものなのか必然的なものなのかが分からない。
偶発的だからこそ伝える情報すら持ち合わせていなかったのか、霧の中の探索なんてしないだろうという思考から説明を省いたのか、どっちもあり得るため非常に迷う。
西エリアの入口でしばらく迷った挙句、俺は探索を続行することに決めた。
理由は探索できる期間が四日しかないこと、それから霧が濃いというのは俺にとっても有利に働くためだ。
スキルが無駄に多い俺にとっては、視覚という五感の内の一つが奪われようがある程度どうにかなる。
逆に【隠密】や【消音歩行】といった、気配を消すのに対して有利に働く。
体力消費に問題はあるものの、【隠密】も【消音歩行】も体力の消費は少ないため、索敵スキルを極力少なくし隠密に徹しようと思っている。
そうと決まれば早速スキルの厳選を行ってから、霧の森の探索へと向かおうか。
使うスキルは【知覚範囲強化】【生命感知】【隠密】【消音歩行】【外皮強化】の五つ。
【外皮強化】に関しては完全なる保険で、先日の水没林でのレックスビルが頭から離れず念のために発動させている。
ヘンジャクも生息場所の指定をしていなかったし、この西エリアにもレックスビルが存在する可能性は十分にあるからな。
【生命感知】に引っかからないことは実証済みだし、視界が悪いこの場所では気づいた瞬間には体内に潜られている可能性もある。
もしもの保険としては安いぐらいだ。
俺はそんなことを考えつつ真っ白な森の中を進んで行くと、足元に白い花が咲き誇っている花畑へと出た。
一瞬、レイゼン草かとも思ったが花に紫色の要素はなく、濃霧に紛れるような綺麗なほど真っ白な花。
俺はその白い花に気づかずに何本かを踏みつぶしてしまったのだが、その時の花の挙動に僅かながら違和感を覚えた。
霧に混じって花粉が異様に舞った気がするのだ。
見た目との乖離が激しいほど、毒を持っている植物である可能性が高くなることを俺はよく知っている。
実際にどうかは分からないがピンと来たため、俺は何本かを採取しては鞄の中へと放り込んだ。
いきなり良さそうな新種の植物を採取でき、幸先の良いスタートを切れたことだし、この調子でどんどん珍しい植物があれば採取していこうか。
何やら西エリアは魔物の気配が少なく、植物の数が増えたような気がするからな。
引き続き、探り探りの状態で探索を勧めていると、またしても気になる植物を発見した。
こちらは先ほどとは違って、見るからに異形の植物。
視界の悪さのせいで一瞬木かとも思うほどだったのだが、地面から立派に生えているのは歴とした植物の茎部分だ。
上からは巨大な提灯のような花がぶら下がっており、オンガニールと似た嫌な圧のようなものを感じる。
あの提灯のような花にはなんとなく触れたくないため、葉の部分を少し採取しておこうか。
花が垂れ下がっていない方へ周り込むようにし、後ろから葉を数枚採取して鞄へと押し込む。
植物自体が非常に大きいため、葉も一枚一枚が俺の顔よりも大きい。
なんとか折りたたんで鞄へとしまい込み、すぐさま提灯のような巨大な花から立ち去った。
それにしても西エリアに踏み込んでから、本当に魔物の気配が一切しなくなったな。
ペイシャの森と同じくらい静かな森で、視界が霧のせいで真っ白なせいで不気味さがより際立っている。
これなら隠密系のスキルも発動しなくて良さそうだが、とりあえず西エリアを索敵し終わるまで気は抜かずに、全力で警戒して探索に当たる。
提灯の花の葉を採取した場所から、更に一時間ほど西に進んだところでようやく目新しい場所へと出た。
道中も所々で新種の植物は採取していたが、濃霧の影響もあって景色は何も変わらず真っ白なままだったのだが――突如として目の前に現れたのは大きな泉。
東エリアの水没林とは違い、水深も深く水も湧いて出ているちゃんとした泉だ。
変わらず霧が濃いせいで全貌は見えないが、相当な大きさを誇っていると思う。
簡単なイカダでも作って泉を渡ってみたいところだが、こちらも東エリア同様に水中生物に襲われたらひとたまりもないため実行には移せない。
念のため索敵スキルをフル活用し泉の索敵を行うが、何の反応も引っかからなかったが……。
水中は水が邪魔なのか、【知覚強化】【知覚範囲強化】を使っていても【生命感知】の反応が非常に鈍いんだよな。
かなり長い木の棒を泉に突き刺してみるが、泉の底には到達せずに丸々飲み込まれてしまったため、仮に生物が水中深くに潜られていたとしたら【生命感知】でも感知することはできないと思う。
東エリアの探索同様に命に係わるリスクは負いたくないため、西エリアの中心から西側全域に広がるこの大きな泉の探索は諦めて、今回はこの辺りで探索は切り上げようか。
濃霧に阻まれながらもある程度は探索することができたし、一度引き返して明日に備える。
明日も濃霧に覆われていたら、正直探索については難航しそうだが……こればかりは考えいても仕方がない。
兎にも角にも東に続いて西でも水に阻まれてしまったため、水への対策は必須。
今まで一切手を出してこなかったが、水中の魔物を倒してオンガニールの宿主にするのもいいかもしれない。
オンガニールの宿主については、丁度探そうと思っていたところだし、水への対策は色々と考えておこうか。
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