第227話 巨大ムカデ
【深紅の瞳】【知覚強化】【知覚範囲強化】【生命感知】は発動させたまま、【肉体向上】【戦いの舞】【身体能力向上】【能力解放】のスキルを発動させる。
久しぶりに体力がゴリゴリと消費させていく感覚を味わいつつ、俺は巨大ムカデの出を窺う。
こちらからは攻撃を仕掛けず、巨大ムカデから仕掛けてくるのを待つ。
場が均衡し変に時間だけが流れるのだけは嫌なため、俺はじりじりと後退しつつ、巨大ムカデ何も仕掛けてこなければ逃げられるようにしたのだが……。
そんな俺の微かな期待はすぐに裏切られ、巨大ムカデは抱えていた卵を地面に置いて襲い掛かってきた。
動き自体はヴェノムパイソンよりも若干遅く感じるが、トップスピードになるまでの速度がヴェノムパイソンの方が速いだけで、単純な速度ならこの巨大ムカデの方が速い。
とはいっても誤差程度だし、動きに緩急がない分余裕で対応することができる。
間合いに入ってくるまで引き付け、噛みついてきたところを躱しながら首を落としにかかった。
【疾風】の発動タイミングも完璧。食いついてきたところに寸分の狂いもなく剣を振り下ろしたのだが――手ごたえはなし。
斬り飛ばせたのは、頭に生えていた触覚一本だけだ。
スキルを使っての完璧なカウンターだったはずだが、巨大ムカデには体全体に足がついているためギリギリで軌道を変えられて躱されてしまった。
狭い洞穴だし、追撃をかければ深手を負わせられたかもしれないが、ヴェノムパイソン同様に巻き付かれたら一巻の終わり。
動きを見切るまでは深追いしてはいけない。
戦闘において焦ることが一番やってはいけない行為と自分の中に言い聞かせ、再び巨大ムカデと一定の距離を測る。
常に逃げ出すことは念頭に置き、意識は全て巨大ムカデに割いていたのだが……。
俺に急に背を向けた巨大ムカデは、俺の思いもしない行動を取り始めた。
なんと先ほどまで身を挺して守っていた卵を、自ら捕食し始めたのだ。
予想だにしない行動に、俺は思わず固まって見入ってしまう。
卵を守るために俺との戦闘を始めたのに、自ら卵を捕食し始めるという矛盾したようにも思える行動。
巨大ムカデの気持ちなんて一切理解なんてできないが、俺に勝てないと悟って自分の子供が悪用されないように自ら屠っているのか?
……いや、無数に生えている足を器用に使い、卵を貪り食っている姿はそんな子を守る親の姿には到底見えない。
自然界の異様とも呼べる光景を目の当たりにし気が滅入りそうになるが、捕食中なら攻撃する好機でもある。
卵を貪り食べながらも顔の向きは俺だけを捉えているところを見る限り、絶対に生きて帰すつもりはなさそうだからな。
どちらかが死ぬまでの戦いを行なくてはいけない。
俺は後退することを止め、【隠密】【消音歩行】で完全に気配を断ってから、【疾風】を使って一気に巨大ムカデに斬りかかる。
狙うは――斬り飛ばした触覚の右側から。
臭いである程度の位置はバレているだろうが、触覚を使わなければ細かな位置の特定はできないはず。
卵を貪り食っている巨大ムカデに近づき、一気に剣を振り下ろした。
巨大ムカデも臨戦態勢を取っていたから反応速度は速く、無数にある足の数本を斬り飛ばすことができたが胴体に剣は届かなかった。
巨大ムカデは卵の液体が付着した鋭い口を横に大きく開け、俺を食い殺そうと即座に反撃を仕掛けてくる。
壁も難なく登ることができる巨大ムカデ相手に、この洞穴での戦いは俺が多少不利。
となれば距離を取って変な駆け引きはせず、真正面から斬り合うのが得策なはず。
食いついてきた巨大ムカデの攻撃を剣で受け、すかさず蹴りを胴体に打ち込む。
まるで鉄の鎧のような甲殻だが、俺の蹴りが体にめり込む感覚があった。
巨大ムカデも無抵抗とはいかず、一本一本が生きているかのような触手のような足で絡みついてくるが、【外皮強化】で皮膚を守り【脚力強化】で無理やり引きはがす。
そこからは距離を取られないように近づいて立ち回り、俺に全身で絡みつこうと動いた隙を狙っては、刃を体の節の部分に刺しこんでダメージを蓄積させていく。
節に刺しこんだ傷口からは青色の体液が漏れ出ており、足も三割ほど斬り飛ばしたところで巨大ムカデの動きが明確に鈍り始めた。
こちらも何度か噛みつきを食らったが、【外皮強化】のお陰でかすり傷程度で済んでいるし、巨大ムカデの毒に関しては俺には一切効かない。
逆に噛みつきを受けてから、体が軽くような感じがしたし……ヴェノムパイソンの毒と同様に、この巨大ムカデの毒にも身体能力を一時的に上昇させる効能があったのかもしれない。
俺としても別に殺すつもりはなかったが、仕掛けてきたのはこの巨大ムカデから。
喧嘩を売った相手が悪かったと思って、そろそろ死んでもらうとするか。
俺は満身創痍の巨大ムカデにゆっくりと近づいていき、最後の悪あがきで放った噛みつきを躱してから――今度こそ完璧に首を刎ね飛ばした。
巨大ムカデの首は宙を綺麗に舞ってから地面に落ち、残った胴体は先ほどよりも勢いを増して蠢いている。
ただ、頭が飛んで指令が上手く伝達されていないからか、その場で体をくねらせたり足をワキワキと動かすぐらいしか行動を取れていない。
俺はしばらくの間、頭のなくなった巨大ムカデの様子を窺っていると、次第に動きは鈍くなり始め、とうとう巨大ムカデは動かなくなった。
死をしっかりと確認してから、発動していた全てのスキルを急いで解除する。
暗く狭い場所での戦闘に加え、鋼鉄の体を持つ巨大ムカデとの戦闘。
その不気味な行動も踏まえて安全に安全を重ねたということもあり、スキルをかなり発動させてしまったせいで体力の消耗が激しい。
俺は巨大ムカデの死体の傍に腰を下ろし、体を休ませながら拠点についてどうするかを思考する。
洞穴の中は、激しい戦闘のせいで巨大ムカデの足やら体液が飛び散っており、更には巨大ムカデが食い損ねた巨大ムカデの卵が幾つもある。
こうして落ち着いて中を見て気づいたが、この洞穴は湿気が多いようで奥の方は苔だらけ。
雨風は凌げるだろうが、それ以上に洞穴を拠点として使えるようにするまでの片付けが面倒くさいんだよな。
卵を抱えていたことを考えるとこの巨大ムカデの魔物はメスだろうし、餌を取りに行っているであろうオスがこの洞穴に戻ってくる可能性も非常に高い。
冷静に考えるのであれば、この洞穴は捨てて別の拠点候補を探すのが賢いというのは分かっているのだが……。
それをやってしまうと、今の戦いが全て無駄となってしまう。
無駄にしない方法といえば、巨大ムカデをオンガニールの宿主にすることだが、異形のムカデからオンガニールが成長するとも思えないし、仮に作付したとしてもオンガニールの芽がこの硬い甲殻を突き破れるとも思えない。
顎に手を当ててしばらくの間どうするかを考えたが、やはりここを拠点とするのがベストか。
仮にオスが戻ってきたとしたら、返り討ちにしてオンガニールの宿主にできるかを試せばいい。
そうと決まれば早速、洞穴の片付けから入ろう。
巨大ムカデの死体を残った卵に巻き付かせてから、両方まとめて外へと運び出す。
外に運んだら、いよいよ修行の成果を発揮する時。
【アンチマジック】はミエル相手に成功させたが、【ファイアボール】はまだ『マジックケイヴ』以外では使用していない。
というか、【アンチマジック】の習得に専念していたため、【ファイアボール】に関しては最初に成功して以来練習もしていないんだよな。
ちゃんと発動できるか不安だが、やることは【アンチマジック】よりも簡単だ。
体の内側から魔力を出し、出した魔力を体に留めて纏わせる。
そして、纏わせた魔力を手のひらに集め――。
「【ファイアボール】」
詠唱と共に魔法名を発すると、俺の手のひらからは球状の燃え盛る炎が発現。
そのまま巨大ムカデの死体に向かって放つと、業火と共に火柱が立ち昇った。
ごっそりと魔力が削られたのが分かり、目の前に見える【ファイアボール】の火力の高さから、威力を調整損ねた感は否めないが……。
しっかりと死体と卵を焼き尽くし、火が消えると巨大ムカデは跡形もなくなっていた。
習得までは大変だったが、魔法に関しては本当に習得して良かったと思える。
穴を掘って埋める作業なんて、今となっては考えられないな。
俺は【ファイアボール】の成果に大満足しつつ、再び洞穴へと戻って拠点作りへと取り掛かったのだった。
※私事なのですが、来週が少し忙しく執筆に当てる時間が取れないため21日~27日まで不定期更新となります。
28日からは毎日更新に戻りますので、ご理解のほどよろしくお願い致します。