第216話 協力者
情報を聞き出してから、約二時間くらいは経ったか。
『マジックケイヴ』を出た時には既に日が落ちていたため、もう深夜に差し掛かろうとしている。
明日から依頼をこなさなくてはならないというのに、面倒な時に絡まれてしまったな。
ただまぁ、面倒を被られただけの情報は得ることはできたし、トータルで考えればプラスってところか。
それでミエルについてだが……どうしようか。
聞き出せるだけの情報は聞き出せたし、拘束を解いた後にまた襲ってくることも考えられる。
生かしておいても面倒ごとを持ってくるだけだろうし――殺すか?
いや、折角のクラウスと同じ学園に通う人間だ。
ミエルをこちら側の協力者にできさえすば、利用価値は非常に高い。
「……ね、ねぇ! 殺気が漏れ出てるのは気のせいよね!? 私は約束通り、持っている全ての情報を渡したわ! だから、あんたも約束を守って解放してよ!」
「確かに貴重な情報を幾つももらった。ただ、ミエルは俺を恨んでいて、いつか今日の借りも含めて返しに来る可能性だって考えられる」
「もう復讐なんてしないわよ! だから解放して!」
「生きて帰すメリットもない。情報は全て聞き出したし、ミエルを解放したとこで面倒ごとにしかならなそうだからな」
俺は首元に当てている鋼の剣を握る力を強くする。
ミエルの首元の薄皮が切れ、首からツーと赤い血が流れ出た。
「――分かった! あんたに協力するわ! 学園に通う私が協力者となれば、あんたにとってもメリットが大きいでしょ? さっきあんたが言ってた、おかしいのはクラウスというのを聞いて納得したの! 今は持っている情報を全て渡したから利用価値はないだろうけど、今後のことを考えればメリットは大きいはずよ!」
ミエルは死にたくない一心で、必死の剣幕で捲し立ててきた。
……ミエル側から協力者を名乗り出たのは大きい。
もう少し脅してから協力者になるよう持ちかけるつもりだったが、俺としては好都合。
楔を強く打ち込むため、あと少しだけ駆け引きしてから提案しようか。
「……確かにミエルが俺の協力者となるなら、利用価値があると言わざるを得ない。ただ、お前が裏切らないという確証が持てないのも事実」
「絶対に裏切らないわ! というか、私に裏切りようがない。クラウスからは完全に信用を失っているし、パーティメンバーである王女とその護衛とも上手くいっていない。私に協力してくれる人なんていないのよ!」
「……自虐で裏切らない証明とは、あまりにも悲しい説得だな」
「しょうがないでしょ、全て事実なんだし。私が一人であんたを追ってたのもそういうことよ」
説得関係なしに協力者になってもらうつもりだったが、ミエルの説得で完全に心は決まった。
ミエルの話に嘘がないのであれば、俺にとって脅威となるのはミエル自身だけ。
ほんの僅かな時間しか戦っていないが、【アンチマジック】のお陰で正面からならまず負けることはない。
裏切られて襲ってきたとしたら、今度こそ確実に息の根を止めればいいだけの話だ。
「分かった。これからは俺の協力者として、王都での情報を集めてきてくれ。裏切らない限りは、こちらから手を出すことはないと約束する」
「分かったわ! これで交渉成立ね。早く剣を下ろして拘束を解いて頂戴」
俺はミエルの首元に当てていた剣を下ろし、そのまま縛っていた紐を剣で斬って解放した。
念のため、スキルをフル発動させて警戒しているが、拘束が完全に解かれた今でも攻撃してくる気配はない。
「だからもう攻撃しないわよ。約束を破るような馬鹿じゃないわ」
「俺の手紙で自滅したくらいだからな。馬鹿の可能性を未だに捨てきれていない」
「見逃してもらってアレだけど、本当にムカつくわね! ……殺すつもりで後をつけたのに、まさか協力者にさせられるとは思ってみなかったわ」
「勝手に提案してきたんだろ。それよりも協力者となったからには、俺の隠していた情報も一つ教えておく。ミエル、俺に魔法を打ってこい」
「あんたに魔法を? 裏切ったと認識して殺さないわよね?」
「そんな意味の分からないことする訳ないだろ。さっさとやれ」
俺はミエルに魔法を打つように指示をし、【アンチマジック】を放つため集中力を一気に高める。
この魔法の存在は隠すつもりだったが、協力者となったからには裏切る気持ちが芽生えぬよう、俺の力を見せておくのが良いと考えた。
先ほどと同じように、息遣いから体に流れる魔力の質と量、細かな動きまで完璧に合わせる。
そして詠唱を唱え始めたと同時に――。
「【アンチマジック】」
「【アイスアロー】」
俺の放った【アンチマジック】が先に着弾。
完璧な詠唱を終えて魔法名を発したミエルだったが、魔法は発現されることなく【アンチマジック】によって完全に消失した。
「…………えっ? ま、また魔法がっ! 一体なんで!?」
「俺の魔法だ。魔法の発動を妨害する魔法。さっきの大技が失敗したのも、ミエルのミスじゃなくて俺が妨害したからだ」
「ま、魔法の妨害ですって!? 確か、古のゴーレムがそんな技術を持っているというのは聞いたことがあるけど、人間が扱えるなんて聞いたことがないわ!」
「詳しい説明をする気はない。ま、そういうことだから、俺に魔法は通じないと思ってくれ」
「あ、あんた……。この短い期間でどんな成長を遂げてるのよ。レアルザッドで出会った時なんて、そこらへんの冒険者の方が強かったぐらいなのに……!」
ミエルに初めて襲われた時は、近づいてくる気配にすら気づけなかったしな。
その時と比べれば、単純な能力だけでなくスキル量も別人といえるほど増えた。
「努力の賜物だ。【剣神】であるクラウスに負けられないからな」
「努力でどうこうできる域を超えていると思うけど。……というか、魔力が通用しないとなれば、私一人じゃ絶対に敵わないじゃない。あ、あんた、私が魔法を失敗したのをすっ呆けたのは攻撃を誘っていたのね!」
「ああ。隠れて魔法で攻撃してきた瞬間に殺すつもりだった」
目が覚めた時に惚けたのは、ミエルと交渉する価値があるかどうか見極めるため。
そして今、俺が【アンチマジック】を使えることを教えたのは脅しのため。
ミエルに利用価値があると判断し、その上で逆らう気力をなくすための脅しだ。
「兄弟揃って恐ろしい性格してるわね。とにかく、私はもう心が折れたから攻撃するつもりはないわ」
「攻撃するつもりがないのは分かったが、このまま逃げる可能性はあると思ってる。お前の大事なものを担保として渡せ。でなければ、ここから帰らせるつもりはない」
「逃げないわよ! それに大事なものって言われても……今は何も持っていないわ」
ミエルはそう言ったが、心臓の鼓動が速くなったのが聞こえ、一瞬視線が鞄に向いたのが分かった。
……何か大事なものを持っているな。
「鞄の中身を今すぐ見せろ。何か隠し持っているな」
「何も持ってないわよ!」
「何も持っていないなら見せてもいいだろ。早くしろ」
嫌がる素振りを見せつつも拒否するのは無理と悟ったのか、渋々ながら俺に鞄を渡してきた。
サイズ的にも大したものは入っていなそうだが、あのあからさまな反応。
……何か大事なものが入っていると思うんだけどな。
受け取った鞄を探り、中の物を物色していく。
ダンジョンで使うであろうポーション類から簡易食糧、着替え。
――おっ。これはダンジョンで手に入れたお宝か?
綺麗な宝石と豪華な装飾の施された腕輪。
宝石も高価そうだが、腕輪の方は僅かながら魔力が帯びているためマジックアイテムの可能性が高い。
俺は鞄からお宝を取り出し、ミエルの前に出してみたが……一切の反応がない。
顔はしまったといった表情を作っているが、心臓の動きは一定のまま。
大事なものはこのお宝じゃないのか。
となれば、残るは鞄に残っていて目ぼしい物は小汚いネックレスだけ。
こんなものが大事な物なのかという疑念を持ちつつ、俺は鞄から取り出すと――ミエルの心臓が大きく跳ねた。
見るからに値打ち品ではなさそうだが、これがミエルにとって大事な物だというのは決定的。
親父の懐中時計のように、ミエルにとってはこの小汚いネックレスが大事な物なのか。
「担保としてこのネックレスを預かっておく。逃げたらこのネックレスが戻ってこないと思え」
「な、なんでそのネックレスなのよ!! 金目の物なら他にもあったでしょ!」
「なんでって言われても俺は知らない。お前が一番よく知っているだろ」
それにしても、【聴覚強化】の意外な使い道を見つけたな。
索敵では十分すぎるほど活躍していたが、相手のおおよその心理状態を心拍音で測ることができる。
一定の距離まで近づかないと聞こえないのが少し難点だが、今後色々な場面で使うことができそうだ。
「……分かったわ。そのネックレスは預けるから、私が逃げなかったらちゃんと返してもらうから」
「ああ。逃げないと判断したらちゃんと返す」
これでミエルについては心配いらないはず。
こちらが優位に立っての交渉も終えたし、後は別日に細かな話を詰めていくか。
後日再び、ミエルにエデストルで会う約束を取り付け、ミエルは解放し俺も今度こそ帰路についた。
この今日の選択がどう出るかは分からないが、上手くいけば有利に進めることができる。
部屋に戻るまで最大限の警戒をしつつ、俺は静まり返った深夜のエデストルを歩いたのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!
第216話 協力者 にて第四章が終わりました。
そして、皆様に作者からお願いです。
現時点でかまいませんので、少しでもおもしろい、続きが気になる!
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第五章につきましては、11/7(月)から再開予定です。