第208話 初めての魔法
それから目を覚ますと――目の前で眠りながら座っていたゴーレムの爺さんは目を覚ましており、俺は自分の体を思うがままに動かせるよう戻っていた。
「やっと目を覚ましたようじゃな。修練部屋に行って魔力を扱えるようになっているか試してくるといい」
「……色々言いたいことはあるが、とりあえず助かった。お陰で魔法を扱えるようになっていると思う」
「ふぉーほっほ。そりゃ魔法を甘く見過ぎじゃ。初日じゃできて魔力操作ぐらいじゃろう」
「いいや。必ず魔法を放って見せる」
無理だと言い放つゴーレムの爺さんに、俺は笑みを浮かべてそう言い返す。
体を乗っ取られている間、俺は強敵相手と戦闘している時ぐらい集中をしていた。
ゴーレムの爺さんが俺の体を操って魔法を放ってくれたのを、俺は意識と感覚に全て刻み込んだ。
魔法の詠唱には若干の不安が残るものの、魔力操作と魔法を放つまでの動きは完璧にこなせる自負がある。
「随分と自信があるようじゃが、魔法というのはそう甘くはない。お主の体は魔法に適しておらんし、段階を踏んで覚えるのが賢いやり方じゃ」
「……それだけ無理というのなら、何か賭けないか?」
「賭け? お主が今日中に魔法を使えるかどうかで賭けるということか? ――ふん、賭け事なぞアホのすること。そもそも、ワシが欲しているものをお主が持っているとも思えんし、賭けとしてすら成立せん」
「さっきヘスターが持っていた宝玉。あれを今この場でタダで譲る。これなら賭けとして成立するだろ?」
俺はゴーレムの爺さんに堂々と宣言する。
こんなことは正直茶番だが、これだけ無理と断言してくるのであれば賭けの一つくらい行ってもいいだろう。
俺は魔法を使える自信があるし、ゴーレムの爺さんは俺が魔法を使えない自信がある。
今日のこれまでのやり取りの白黒をつけるという意味でも、願ってもない場面といえるはず。
「……妙に自信があるように思えるのう。お主、本当は元々魔法を使えるとかではないじゃろうな」
「魔法を一度も使えたことがないというのは、さっきまで俺の体を操作した爺さんに分かるだろ。それでどうするんだ? 別に逃げたいっていうなら構わないけど」
「…………面白い。そのくだらない賭けに乗ってやろう。その代わり、キチンと宝玉は渡してもらうからのう」
「俺が魔法を使えなかったら、絶対に宝玉は渡す。その代わり、俺が魔法を使えたら大きな貸し一つとして換算してもらうからな」
「別に構わんよ。ワシにできることなら、なんでも一つ叶えてやろう。――お主が魔法を使えたらのう」
そう言ってから、高らかに笑い始めたゴーレムの爺さん。
絶対に魔法を成功させ、これまで散々下に見て馬鹿にしてきたツケを払わせてやる。
魔法の試し打ちに加え、俺とゴーレムの爺さんの勝負も同時に行う。
俺が魔法を使うことができれば一石二鳥だし、ここは絶対に負けられない戦い。
部屋から出て、ゴーレムの爺さんと共に修練部屋へと戻ってきた。
先ほど、俺の体を操って魔法を使っていた位置まで向かい、早速魔法を試し打ちを始める。
「ワシが使っていたから使えただけであって、お主が操作しても使えんよ。今まさにそのことを実感しておるじゃろ?」
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
ニヤニヤとしながら挑発してくるゴーレムの爺さんを黙らせ、俺は魔法を使うことだけに集中する。
まずは魔力を体に纏わせることが最初の壁。
必死に意識に刻み込んだ感覚を頼りに、体の内側から魔力を解き放つ。
ゴーレムの爺さんがやっていた時のような、全身から魔力が均等に放出されている訳ではないが、体の芯からしっかりと魔力が流れ出ているのが分かる。
自分の力で魔力を出すことができ、思わず笑みが零れてしまうが……。
それと同時に、俺はとある重大なことに気が付いた。
「魔力が回復しきって……ない?」
「うっぷっぷ。やっと気づきおったか! お主が目を覚ましたのは、ワシが操作を手放してからすぐ。今のお主の体は、魔力をかなり消耗している状態なんじゃよ」
魔力の残量なんか気にしたことがなかったから分からなかったが、確かにここで魔法を使ったのは俺の体で、魔力はゴーレムの爺さんではなく俺の体から消費されていた。
つまりは、俺の体に残っている魔力は残り少なく、こうして魔力を扱う感覚を試している間にも魔力は減っている。
魔力残量から考えて、魔法を試せるのは数回が限度。
ゴーレムの爺さんが今日中は無理と断言してきたのは、俺の体に魔力が残されていないことを知っていたからか。
「知ってて黙っていたんだな」
「わざわざ伝えることでもないしのう。ふぉーほっほ、これで無償であの宝玉が手に入るわい」
老人の癖して、スキップしながら喜び回っているゴーレムの爺さん。
修練部屋にいる弟子達が変な目で見ているのに、関係なしにはしゃぎ回っている。
確かに状況はかなり厳しくなったと言えるが、簡単に諦めるつもりは毛頭ない。
感覚は鮮明に覚えているし、一発で成功させれば何の問題もないからな。
ひとまずは、魔力のこの感覚をとにかく体に馴染ませる。
こうしている間にも魔力は消費され続けている訳だが、焦って魔法の使用に移行せず練習を繰り返す。
魔力を放出しては、その魔力を留めるという作業。
…………………………よし。
アルヤジさんと共に行った無詠唱スキルの発動練習に似ているため、感覚は違えどコツは掴んだ気がする。
あとは、この魔力を手のひらに集めるだけだ。
体の内側から魔力を放出し、その魔力を体に留めて手のひらに集中させる。
この作業を繰り返し練習して、流れ作業で行えるようになった。
戦闘中くらいの集中力を発揮させたこともあり、未だに魔法の感覚がありありと残っているのが大きい。
……あとは、この集めた魔力を魔法に変えるだけ。
一番不安なのは詠唱部分だが、詠唱に関してはレアルザッドにいた時にヘスターの練習で散々俺も口には出してきた。
大きく深呼吸をしてから、俺は魔法の詠唱を始める。
「“世界を創造する四神の一神。この世を照らし悪を焼却する裁きの光。血の流れよりも紅きもの、昏きものに光指す道を示さん。我が身を糧にその力と為せ――”【ファイアボール】」
しっかりと詠唱を行い、手のひらに集めた魔力を一気に放出する。
想定していた以上にゴッソリと魔力が抜け落ちる感覚があったものの――俺の手のひらからは頭くらいの大きさの火球が生まれ、意識すると共に正面にある人形へと飛んで行った。
俺の放った【ファイアーボール】は真っすぐに飛んで人形に直撃すると、小さな破裂音と共に綺麗に霧散した。
正直、魔力のロスも大きかったし納得はいっていないが、これは成功と言えるだろう。
後ろで見ているはずのゴーレムの爺さんにドヤ顔を決めたいところだが……。
今の一発だけで、完全に魔力が切れてしまったようだ。
数発は魔法を使えると思っていたが、それはゴーレムの爺さんが魔力の放出を完璧に調整した状態での話。
俺の不慣れな魔力操作では、その数発分の魔力を今の一発で一気に使用してしまった。
目の前がグルグルと回るような感覚に襲われ、平衡感覚が完全に狂ってきた。
どっちが空でどっちが地面かも危うくなり、膝を突いてなんとか堪えようとしたのだが、脳を揺らされているような感覚に酷い吐き気を催す。
次第に頭を締め付けられるような痛みが強くなっていき、ぐるんぐるんと回っていた視界も徐々に暗くなり始めた。
倒れた俺に誰かが声を掛けてきているのは分かったが、何と言っているのか認識することができない。
俺はその強烈な倦怠感に抗うことを止め――そのまま深い眠りについたのだった。