第207話 特等席
どれくらいの時間が経っただろうか。
俺はゴーレムの爺さんの魔法を食らって死んだとまで思ったのだが、どうやら生きているようだ。
椅子に座らせられており、目の前にはゴーレムの爺さんが同じように椅子に座っていいて……眠っている様子。
先ほどの不意打ちで撃たれた魔法の仕返しをするべく、俺は叩き起こしてやろうと椅子から立ち上がろうとしたのだが、そこで強烈な違和感を覚えた。
――俺の体が一切動かない。
呼吸も微妙に俺の意思とは反していて、眼球すらも自由に動かすことができない。
体が完全に乗っ取られていて、意識だけが残っている状況のようだ。
言い知れぬ恐怖に血の気の引くような感覚があるが、それも俺のみの意識の内に留まっており、この体には一切の影響が出ていない。
本来ならば滝のように汗が流れているはずだと思うが、ピンピンとしていて不快感のない体のまま。
目は覚めているのに何もできず、ただひたすら時が経つのを強烈な恐怖心を抱きながら待っていると――。
「そろそろ起きたかのう」
ゴーレムの爺さんのような声が聞こえてきた。
しかし、喋っているのは目の前にいる爺さんの体からではなく、俺自身から発せられている声。
「ほっふぉっふぉ。驚き戸惑っているであろうが、詳しい説明は面倒だからせんぞ。……お主の体を使って魔法を使ってやるから、必死にその感覚を覚えるんじゃ」
一体何が起こっているのか、ほとんど理解できていないが……。
ただ一つだけ分かることといえば、ゴーレムの爺さんが俺の体を操っているということだけ。
意識だけ共有しており、体の全ての操作はゴーレムの爺さんが行っている。
「んしょっと。……やっぱり若い体は楽々と動かすことができるのう」
俺の体を動かして椅子から立ち上がると、奥の部屋から出て十数人の弟子がいた修練部屋へと出て行った。
見た目は俺のはずだが、中身はゴーレムの爺さんだということが分かっているのか、修練部屋にいる弟子たちは俺に頭を下げて挨拶をしている。
生まれて初めて味わう状況に人生で一番の困惑をしつつも、俺は先ほどゴーレムの爺さんが発した言葉の通り、体の感覚を覚えることだけに意識を集中させる。
俺の推測からするに、ゴーレムの爺さんは俺の体を乗っ取り、一番分かりやすく覚えやすい形で魔法を教えようとしてくれているのだと思う。
周囲の弟子たちの反応から、何度もこの行為をやっていることも想像がつく。
説明不足のまま体を乗っ取ってきたことは非常に不愉快極まりないが、ここで俺が魔法の習得に失敗すれば、また同じことを行われる可能性すらある。
ならば、この一回を死ぬ気で俺の意識と感覚に刷り込ませ、魔法を扱えるようになるしかない。
「それでは魔法を使っていくからのう。せいぜい頑張って覚えるといい」
俺はこの奇妙な状況と感覚に意識を向かないように注意し、とにかく自然体になることに集中する。
感覚としては、対峙した相手の動きを読むような感覚。
とにかく体の全ての動きに集中し、ゴーレムの爺さんの動きにピッタリと意識を合わせていく。
歩く際の動作から、鼻をかくといった細かい動作までしっかりと同調させ、丁度俺の集中力も極限まで高まったタイミングで魔法の発動に至る様子。
「まずは魔力の流れから感じてみておくれ。一気にいくからのう」
その言葉と共に、全身の毛穴から暖かい空気のようなものが放出されたような感覚。
全力で運動をして体が極限まで熱くなった時に、熱気によってモヤモヤとするあの感覚に似ている。
……なるほど。これが魔力なのか。
「魔力は分かったかのう。次はこの溢れ出ている魔力を止めるから、これもしっかりと体に記憶するんじゃぞ」
次に行ったのは、先ほどのモヤモヤとした熱気を体内に留める作業。
これは――汗が大量に出たときに、無理やり汗を出さないようにさせる感覚というのが近いかもしれない。
とにかく全身の毛穴を閉じるような感じで、雑に放出されていた魔力を全身に留めているのが分かる。
「ここからは魔法の発動まで行うぞ。流れ作業だから体で覚えるんじゃ。【ファイアーボール】」
全身に留めていたモヤモヤの感覚を左手に集め、詠唱と共に手のひらから一気に放出。
モヤモヤが抜けていくと共に、俺の手のひらから火球——【ファイアーボール】が発現。
正面に設置されている人形にぶつかると、【ファイアーボール】は綺麗に霧散した。
……………………凄いな。
手のひらから炎の球が生成されたのにもかかわらず、【熱操作】のような熱さを一切感じなかった。
俺自身から生まれたものだからか、心地よい温もりを感じるほどの温度。
しかし手のひらから放たれた瞬間に、轟々と燃える炎の球となり人形へとぶち当たった。
ヘスターが言うには、魔力を使いすぎると精神的な疲れが来るといっていたが、今のところはその感覚は一切ない。
エッグマッシュで魔力を上げたお陰なのか、それとも体の操作をしているのがゴーレムの爺さんだからなのか。
どちらにせよ今のところは本当に楽しく、特等席から魔法を放つところを見学している気分だ。
「やはり魔法を扱うのに向いておらん体じゃな。ワシが使っても魔力の無駄が多すぎてしまう。それにやたらと疲れるし……若い体で動かしやすいと思っておったが、これなら年老いたワシの体のがまともに動くぞ」
魔法に感動し気分が高揚していたところに、冷や水をぶっかけるように苦言を呈してきたゴーレムの爺さん。
余計な言葉の多い爺さんにイラッとしつつも、お陰で少し冷静になることができた。
それからしばらくの間、ゴーレムの爺さんが初級魔法を放ちまくるのを意識と感覚に刷り込ませ、俺の魔力が尽きかけたところで終了となった。
この間に放った初級魔法の数は三十発。
魔力に関しては地道に上げてきただけあって、体が魔法を使えなくとも三十発の魔法を放てる魔力量を保有できていたようだ。
「とりあえずこんなもんかのう。思ったよりも数は使うことができたから、魔力量自体は相当のものを持っているようじゃな。……まぁ本当に体質が魔法に向いとらんみたいじゃがな」
ゴーレムの爺さんは俺の体に対してぶつくさと文句を言いながら、修練部屋を後にして先ほどの部屋へと戻った。
さっきから言い返せないのがモヤモヤとしまくっているが、お陰で魔法を使えそうな感じがあるためグッと我慢しよう。
ここからどうやって元に戻るのかはかなり気になっていたところだが、爺さんはそのままさっきの椅子に座った瞬間――俺の意識は再び飛んだのだった。