第206話 才能なし
怪しげな部屋から出た俺は、ゴーレムの爺さんの後ろについてくがまま、先ほどの作業部屋まで戻ってきた。
その間のゴーレムの爺さんなのだが、面倒くさそうな表情をしていた行きとは違い、真剣な表情で俺が記入した紙をガン見している。
指導モードに入ったのか、それとも何か気になった点があったのか――どちらかは分からないが、真面目に指導してくれるなら俺としてもありがたい。
「ちょっとそこに座れ」
「……で、さっきのアレはなんだったんだ? 少しは説明してくれ」
「説明したところで絶対に分からんよ。それよりワシの質問に答えろ。……この紙に書いた情報に嘘偽りはないか?」
「ああ、紙に書いた通りだ。俺は何の魔法も使えないし、何なら自分の魔力を感知したことすらない」
「だとしたら、相当におかしいのう。……結論から言うと、お主は魔法の才がある。――いや、お主の肉体は魔法に適しているのじゃが、魔法の才能が圧倒的に皆無なんじゃ」
「どういう意味だ? 意味が全く理解できない」
「さっきの部屋での鑑定により、お主の体は相当数の魔力を持っていることが分かった。ただし、あれだけの魔力量を持っておりながら魔法を使えておらんということは、脳が魔法の扱いに長けていないという証明なんじゃよ」
……なるほど。
なんとなくだが、ゴーレムの爺さんが言いたいことは分かった。
俺自身は魔法に適していないのだが、エッグマッシュによって魔力を底上げしたことが原因で齟齬のようなものが生まれているんだろう。
本来は魔法を扱えない体なのに、魔力は常人以上に持っているという事態。
そのことにゴーレムの爺さんも困惑してるって感じか。
「つまり、俺に魔法の習得は難しいってことか?」
「まぁ早い話そうなるわな。それだけの魔力を有していて、魔法を扱えないとは……ほっふぉっふぉ。才能がないとは可哀そうな奴じゃ」
「……俺に魔法を教えられないなら、宝玉は――」
「別に教えられないとは言っておらん。やり方次第では魔法なんて誰でも扱えるからの」
心底馬鹿にした態度を見せたため軽く言い返してやろうと思ったのだが、被せるように訂正したゴーレムの爺さん。
態度が気に食わなかっただけで、正直できないものは仕方ないと思っていたが……才能が皆無の俺でも魔法を使えるようになるのか。
これは少しだが期待してもいいかもしれない。
「本当か? ちゃんと扱えるようになるなら教えてくれ」
「分かっておる。お主が早とちりしたんじゃろ。……ちょっとこの薬を飲んでから、またワシについてきとくれ」
ゴーレムの爺さんから渡されたのは、危険な匂いがプンプンと漂う真っ黒な液体。
ポーションではなさそうだし、本音を言えば飲みたくないものだが、俺は大きく息を吸ってから一気に口の中へと流し込んだ。
なんというか……ケミカルな味で、苦味も相当強い。
常人なら絶対にむせ返していたであろう味だが、有毒植物を食べまくっている俺にとっては全然許容できる味だ。
グリースのオンガニールと比べれば、何十倍もマシな味。
「――おおっ! 初見でよく吐き出さずに飲み込めたのう。面白くはないが、見かけによらず根性は据わっているようじゃな」
「慣れているからな。それよりも早く案内してくれ」
「分かっておる。ついてこい」
ゴーレムの爺さん。
何やらやたらと俺のこと見ていると思ったら、俺がさっきの液体を吐き出すことを期待していたんだろうな。
この爺さんを尊敬することは一生ないだろう――そんなことを思いながら、俺は爺さんに案内されるがまま、十数人ほどが集まる広い部屋へと出た。
全員が似たような服を着て魔法の練習をしていることから、ここにいる全員爺さんの弟子っぽいな。
通り過ぎる度に挨拶されているし、こんな偏屈な爺さんでもやはり弟子からは尊敬されているようだ。
奥の方で魔法を使っているヘスターも確認できたし、この大広間が修練部屋か。
「この部屋の更に奥じゃ。基本的にワシしか使わん部屋だから、入れるのをありがたく思うんじゃな」
「部屋の一つ入れたぐらいで、ありがたいなんて思う訳ないだろ」
軽口を返しつつ、修練部屋の更に奥の部屋に入る。
手前の修練部屋ほどではないが、中々に広い部屋だな。
店の奥にこれだけの部屋があるのか……。
エデストルはただでさえ物価が高いのに、これだけの土地と大きな建物を所有しているということから爺さんの裕福さが窺える。
「それで俺は何をすればいいんだ? 魔法を使えるようになるために、何かやることがあるんだよな?」
「いいや。お主は何もせんでいい。ただ力を抜いて、感覚だけを忘れないように集中しておくんじゃな」
「何もしなくていい? それはどういう――」
俺が全ての質問をする前に、ゴーレムの爺さんは俺に向かって何かの魔法を使ってきた。
慌てて避けようとしたのだが、至近距離から急に放たれたということもあり、俺はその魔法をまともに受けてしまう。
魔法を受けた瞬間から喉が塞がったような感覚に陥り、一切の声を出すことができなくなった。
そのせいで上手く呼吸することもできず、喉に手を当てて必死に息を吸おうとしたのだが……いくら空気を吸おうとしても肺に空気が入らない。
必死に藻掻いている俺を他所に、ゴーレムの爺さんは部屋に置いてある椅子に座って、面白そうに藻掻き苦しんでいる俺を眺めている。
――この爺、絶対に殺してやる。
地面を這いつくばり、ゴーレムの爺さんも道連れにするべく掴みかかろうとしたが、近づく俺に対して更なる魔法を放ってきた。
既に満身創痍の俺が避けられる訳もなく……その魔法を食らった瞬間に、俺の意識は完全に消え失せたのだった。