第205話 交渉
従業員しか入れない扉を開け、その奥へと進んで行く。
店内もまぁまぁ広かったが、奥はそれ以上に広い作りとなっていて、構造として似ているのはノーファストの冒険者ギルドだろうか。
女装ギルドマスターに案内されたギルドの裏側のような場所を通り、とある一室へと辿り着いた。
狭く暗い一室で、怪しい煙がモクモクと充満している部屋。
「フィリップさん。以前、依頼を受けた時に会ったと思いますが、私と同じパーティでリーダーのクリスさんです」
「久しぶりだな。クリスだ」
ヘスターの紹介の後に、軽く自己紹介をする。
俺の声に反応し、ゴーレムの爺さんは集中して行っていた何かしらの作業を止めて振り返った。
「おお、遺跡調査の依頼の時に会ったのう。まぁワシはほとんど覚えとらんがな」
「大丈夫だ。俺もほとんど覚えていない」
「…………少しだけ思い出したぞ。確か、前も生意気なことを言っておったの」
「別にそんなことはないと思うが」
「フィリップさん。それよりも本題に入ってください。クリスさんに魔法を教えて頂けるんですよね?」
俺の態度で何かを思い出したのか、少しムッとした表情を見せてから食って掛かってきた爺さん。
そんな俺と爺さんの雰囲気に悪い予感を覚えたのか、ヘスターがすぐさま間に入って本題を促した。
「ヘスターの頼みじゃったから受けようとは思っておったが……。えーっと、得意魔法も得意属性もなし。魔法は使ったことすらないって感じか? ほーふぉっふぉ。魔法の才能が皆無の人間のようじゃな。悪いことは言わんから魔法は諦めた方がよい」
片手でシッシッと払うようなジェスチャーをし、ぞんざいに追っ払おうとしてきた爺さん。
何やら偉い人の弟子か知らないけど、オックスターで出会った時からちょっと鼻につくんだよな。
ついさっきまで、教わる側だし下手に出ようと思っていたが――馬鹿らしくなってきた。
時間を作って頼んでくれたヘスターには悪いが、魔物の死体処理は別で考えるとして魔法は諦めるか。
「なんだ。少しは期待していたが、才能のある人間にしか教えることができないのか。……名前だけ有名で大したことなさそうだな」
「な、なんじゃと!? ワシを誰だと思っとる!」
「知らないし興味もない。才能のある人間だけを集めて、自分で育てた面してるただの爺さんじゃないのか?」
「な、な、なんて失礼な奴じゃ!」
俺の言葉に対し、顔を真っ赤にして怒り始めたゴーレムの爺さん。
その表情が面白くて思わず笑ってしまったのだが、俺が笑ったことも馬鹿にしてると思ったのか、更に顔を赤くさせて怒り始めた。
「ちょ、ちょっと! お二人とも落ち着いてください! 口喧嘩をさせるために紹介した訳じゃありませんので。……フィリップさん、そこをなんとか教えてくれませんか?」
「ぜーったいに嫌じゃ! こんなワシへの尊敬の念もない奴に教えることなどない!」
「ということらしい。わざわざ紹介してくれたのに悪いな。別を当たってみることにする」
「クリスさん、ちょっと待ってください!」
帰ろうとした俺を呼び留め、何やら鞄の中を漁り始めたヘスター。
そして、鞄から一つの赤い玉のようなものを取り出し、それを爺さんに見せつけた。
……ん? あの赤い玉は、デッドリッチーの右目についていた宝玉か?
確かヘスターが白金貨一枚で売り払ってきてくれたはずだが、ヘスターが買い直したのだろうか。
「フィリップさん。この宝玉を一度見てみてください」
「……ん? なんじゃ? そんな玉なんか見せてもワシは――」
そこまで言いかけて、ゴーレムの爺さんは動きを止めた。
ヘスターが見せたデッドリッチーの宝玉を奪い取るように手に取ると、目の前の机に転がっているレンズにかざしながら一生懸命見ている。
「こ、これは……!!」
「そうです。ゴーレムの核となりえる魔力量を内包している宝玉です」
「ヘ、ヘスター! これをどこで見つけた! ……いや、そんなことよりワシに譲ってくれ! 金なら言い値で買わせてもらう!」
ヘスターにひょいっとデッドリッチーの宝玉を奪われ、ゴーレムの爺さんは返してほしそうに懇願して頼み込んでいる。
先ほどまでの偉そうな態度が消え去ったため、そこら辺にいるただの爺さんにしかみえない。
「クリスさんに魔法を教えてくれるのでしたら、この宝玉を売ることを考えてもいいですよ。フィリップさん、どうしますか?」
「……分かった! この小僧に魔法を教えるだけでええんじゃな? それぐらいならやってやるわい」
一瞬だけ迷ったようだが、俺への魔法指導と宝玉の入手を天秤にかけ、すぐに宝玉の方を選んだ様子。
オックスターに依頼をしに来たときもそうだったが、ゴーレムのこととなると一気にガードが緩むようだな。
ヘスターはそのことを利用し、上手く俺を指導するように交渉してくれたみたいだ。
「フィリップさん、ありがとうございます。それではクリスさんの指導、よろしくお願いします!」
「分かっておる。約束したからにはキッチリと教える! ヘスターは修練部屋で魔法の特訓をしてくるといい」
「わかりました。……それじゃクリスさん。魔法の特訓頑張ってくださいね」
「ああ。交渉助かった」
一礼してから去っていくヘスターを見送り、狭く暗い部屋にゴーレムの爺さんと二人きりになってしまった。
軽く言い争ったこともあるせいかしばらく無言の時間が続いてから、ゴーレムの爺さんが咳払いをした後に話を始めた。
「ヘスターの頼みだから仕方なく魔法を教えてやるが、生意気な態度を取ったらすぐに追っ払うからの」
「……別に追っ払って貰っても構わないが、あの赤い宝玉は手に入らなくなるがいいのか? 俺がヘスターに言えば、確実に渡さなくなると思うぞ」
話を始めるなり、すぐにマウントを取ってこようとしてきたため、俺も返しにしっかりと釘を刺す。
魔法は習得したいが、親父のような高圧的で一方的な指導なら二度と御免だ。
ヘスターが残してくれた交渉材料を上手く使い、無理やりにでも対等な立場へと持っていく。
「うぐぐ、ぐぐ! ――魔法の練習を始めるぞい。さっさと簡単な魔法を覚えさせて、ヘスターから宝玉を貰って終わりじゃ!」
「そうしてくれるのが俺としてもありがたい。師として崇めるつもりは一切ないからな」
「ったく、本当に生意気な奴じゃな。……まずはお主の適性を調べるから、ワシについてこい」
行っていた作業を一時中断し、別の部屋へと移動を開始したゴーレムの爺さん。
俺も大人しくその後をついていき、今まで見てきた部屋の中で一番怪しいといっても過言ではない部屋へと辿り着いた。
部屋中にびっしりと魔法陣が描かれており、入るのも躊躇うような一室。
「ほれ。その部屋の中に入って座るのじゃ」
「……この部屋の真ん中に座ればいいのか?」
「そうじゃ。そうしたら少し目を瞑っておれ」
俺は指示された通り、怪しげな部屋の真ん中に座って目を瞑り静かにする。
部屋に入った瞬間は物音一つない静かな部屋という感じだったのだが、目を瞑った瞬間から大人数に囲まれているような感覚に襲われ、次第に周囲から物音までも聞こえるようになってきた。
様々な森での生活や追手から追われる日々で、常に警戒してきた俺にとってはこの場所のこの感覚が耐えがたく、思わず目を開きそうになったのだが……。
「コレッ! まだ目を開くんじゃない! 何もせずに座っておるんじゃ!」
俺が目を開こうとしたのを、何故かゴーレムの爺さんは察知し注意をしてきたため、俺は踏ん張って目を瞑り続ける。
何人もの人間が近づいては離れてを繰り返すような感覚を堪え、ようやく徐々に人の気配が薄れていった。
「もう目を開けていいぞい。それから静かに部屋の中から出てこい」
許可を貰ったため目を開けたのだが、やはり周囲には誰もおらず怪しげな部屋が見えるだけ。
あの気配はなんだったのか非常に気になるが、とりあえずはこの部屋から出ようか。