第202話 ド派手な打ち合い
先に仕掛けたのはヘスターだった。
ここまで【フレイムボール】【ハイドロボール】といった四元素の中級魔法を中心に使っていたのだが、デッドリッチーに対抗し複合魔法を使い始めた。
俺がロザの大森林に潜っている間に学んでいた、中級魔法の応用というのがこの複合魔法。
そんなヘスターが使用したのは、火属性魔法と風属性魔法の複合魔法――【フレアブラスト】。
ただ中級魔法同士を合わせた魔法なのだが、火と風の相性によって上級魔法にも匹敵する火力が出されている。
ヘスターから放たれた凄まじい爆炎が、超速でデッドリッチーへと襲いかかった。
襲い掛かるヘスターの魔法を見て、これまでガードとして使っていた泥魔法では間に合わないと判断したデッドリッチーは、身に着けていた豪華なローブで全身を隠すように覆わせて、少しでも威力を軽減させようと動く。
そんなほぼ無防備なデッドリッチーに構うことなく、ヘスターの【フレアブラスト】は包み込むように通過し、デッドリッチーの背後の荒野の地すらも焼き尽くす勢いで放たれ続けた。
時間にして約数十秒。
爆炎の中からデッドリッチーが出てくる様子もなく、このまま焼き尽くして戦闘は終わったかと俺は思ったのだが――。
ヘスターが放った【フレアブラスト】が徐々に消え、炎の煙と砂煙が舞う中から現れたのは、焼け焦げた荒野の地とローブで全身を覆っているデッドリッチーの姿だった。
ローブはボロボロで焼け焦げた跡が鮮明に残っているのだが、デッドリッチーはなんとか耐え凌いだ様子。
生き残っているデッドリッチーを見て、ヘスターが追撃の魔法を仕掛けようとしたが、次に動いたのはデッドリッチーだった。
二メートル近い杖を振るい、初級魔法である【アースアロー】をヘスターに放った。
本来ならばラルフが【アースアロー】をガードし、返しの魔法で決着だったのだろうが、【フレアブラスト】の被害を受けないように距離を取っていたため、ヘスターは追撃の魔法を一度キャンセルし、【ファイアアロー】で打ち落としにかかった。
この時点でヘスターは完璧に後手に回ってしまい、デッドリッチーは地面に杖を突きながら大移動を開始している。
動きの意図がさっぱり分からず、何やら嫌な予感もするため、俺は助太刀に入るべきか悩んでいると……。
デッドリッチーが杖を突いて回っていた箇所から、魔法陣のようなものが浮かび始めた。
如何せん魔法に関しては知識がないため、この魔法陣が何なのかさっぱり分からないが、俺の知っている魔法陣はオックスターの遺跡にあった魔法陣。
それと同様のものだと考えると、魔法陣は時間差による魔法を発動させるものだと思う。
……これは流石に手助けに入った方がいいかもしれないな。
「ヘスター! 手助けに入るぞ!」
「……クリスさん。もう少しだけ私一人で戦わせてください! 必ず勝ちますので!」
俺は言葉と同時に突っ込む準備をしていたのだが、ヘスターは即座に俺の言葉に返事をした。
【フレアブラスト】で決着がついたと思っていたし、あの一撃を耐えきったデッドリッチーは俺が思っているよりも強い魔物ということが分かった。
ヘスターがこう言おうとも、俺とスノーも加わって一気に片を付けるのが正解だというのは頭では分かっているのだが……。
一歩間違えれば危険な状況にあるというだけで、ヘスターは未だに傷一つ負っていないのも事実。
ここは条件を付けた上で、もう少し任せてみるのもアリかもしれないな。
「……分かった。そう言うのであれば口出しもしない。――ただし、魔法を一発でも食らった時点で助太刀に入る。このことは頭に入れておいてくれ!」
「クリスさん、ありがとうございます! 分かりました!」
ヘスターはデッドリッチーにだけ視線を向け、俺に返事をした後に魔法の準備を開始した。
地面に複数張り巡らされた魔法陣。
何の魔法なのかも分からないため対処に相当困ると思うのだが、ヘスターは魔法陣に構わずデッドリッチーに魔法をぶっ放した。
選択した魔法は複合魔法の【フレアブラスト】ではなく、ただの中級魔法である【フレイムボール】。
ヘスターが構わず放った【フレイムボール】が魔法陣の上を通過すると、デッドリッチーが設置した魔法陣は光り輝き作動した。
魔法陣の黒い光の柱から出てきたのは、デッドリッチーと瓜二つの魔物。
更に、作動した一つの魔法陣に共鳴するように全ての魔法陣が光り輝き、合計六体のデッドリッチーがヘスターの前に現れた。
――【魔力感知】。
俺は即座にスキルを発動させ、突如として現れたデッドリッチーを調べる。
…………一体以外は魔力の量が大幅に少ない。
多分だが、スケルトンメイジを自分の姿に変えているだけで、全てがデッドリッチーという訳ではないはず。
よく見てみると、召喚したデッドリッチーはローブがボロボロなのに対して、召喚されたデッドリッチーはローブが綺麗なまま。
それに右目の赤い宝玉のようなものも、召喚されたデッドリッチーにはついていない。
ヘスターがこのことに気がついているかだが、【魔力感知】を持っていないと見分けるのはかなり難しいと思う。
かと言って、俺は一撃を受けるまで口出しをしないと約束してしまったからな。
この異常事態に対して俺が心の中で葛藤している間に、先に仕掛けたのはデッドリッチーだった。
六体の偽デッドリッチーと共に魔法の詠唱を始め、ヘスターに向けて魔法を飛ばす準備を開始している。
……ああは約束したが、流石に偽物とはいえデッドリッチーが七体いるこの状況は例外だ。
俺は飛び出し、二人に指示を飛ばそうとしたが――今度はラルフが片手を突き出して俺を制止した。
奥のヘスターは目を瞑り集中し切っており、何かを仕掛ける準備をしている。
……もう少し。もう少しだけ静観しようか。
ラルフ、ヘスターを信じ、二人がこの状況をどう打開するのかをグッと堪えて見守る。
先に動いたのは、もちろんデッドリッチー側。
偽デッドリッチーは【ファイアボール】。
デッドリッチーは見たことのない魔法で、周りの荒野の大地も巻き上げながら、地属性の魔法を放とうとしている。
規模感から見て上級魔法のようにも思えるが、はたして対処できるか不安でしかない。
偽デッドリッチーが次々と【ファイアーボール】を二人に向けて放ち、最後に詠唱を終えたデッドリッチーも特大の地属性魔法をヘスターに向けて放った。
目を瞑ったまま集中しているヘスターは未だに動く気配を見せず、盾を構えてヘスターの前に立っているラルフに一発目の【ファイアーボール】が着弾。
そこから間を置かずに五つの【ファイアーボール】がラルフを襲い、最後に唸りを上げる地属性魔法が、ラルフの立っていた場所に突っ込んでいった。
【ファイアーボール】も中々の威力、それも六発も連続で放たれたことでラルフの様子は一切見えない。
流石にここから手助けに入ることもできないため、俺は特大の地属性魔法をただただ眺めることしかやれることがなかった。
これだけの魔法を撃ち込まれて不安がないといえば嘘だが、ヘスターなら何かやってくれるという気持ちはある。
俺はヘスターの返しの魔法を信じて戦況を見つめていると――大地を巻き込みながら、唸りを上げて突っ込むデッドリッチーの放った魔法が、突如として動きを止めた。