第195話 金貨三枚分
「まずロザの大森林には三つの危険な場所が存在する。一つは東側全域で、足元が沼地となっている場所。膝下辺りまで水が侵食しておって、歩き難さはさることながら危険な生物がうじゃうじゃといる。血吸いの魔物や電気を帯びている魔物、肉食の水中生物も多数おるから、まず東側には近づかないのが吉だな」
「へー。ロザの大森林の東側はそうなっているのか」
「それから、その沼地を抜けた先にある洞窟。ここが一番危険といわれている場所だ。儂も詳しくは分からないのだが、バハムートの洞窟に匹敵する危険な洞窟といわれておる場所。ここが二つ目の危険な場所だが……沼地を越えなきゃ辿り着けないことから、まぁあまり意識はしなくてもいいと思う」
ロザの大森林の東側は、要注意の場所ということは分かった。
沼地の場所も気になるし、その先にある洞窟ってのも非常に気になる。
ロザの大森林に慣れるまでは近づく予定はないが、いつかは東側も探索してみたいな。
「東側が危険ということは分かった。危険なもう一つの場所はどこなんだ?」
「ロザの大森林の最北部分だな。ここも未知とされている場所なのだが、ロザの大森林を北に抜けた先にとある部族が暮らしていると言われておる。その部族が危険だからこそ、最北には近づいてはいけないと古から伝えられておるんだ」
「とある部族……? 人間ではあるのか?」
「詳しくは分からんが、魔人や人食い族とも噂されている。とにかく最北部分も危ない場所だな」
魔人か……。
人食い族については分からないが、魔人についてなら少し知っている。
初代勇者が倒した魔王も魔人という人種だったらしく、額に魔石が埋められていることが特徴的な人種らしい。
分類的にはエルフやドワーフといった人種と、ゴブリンやオーガといった人型の魔物の中間位置に分類される種族。
獣人族なんかはこの魔人に近しいという理由だけで、差別の対象にもなっているとも言われている。
「北にも近づきすぎてはいけないということか。……確かに、この三つの情報だけでもかなり助かった」
「かっかっか。期待して良いと言っただろう? まぁ金貨三枚分だ。まだまだ情報は渡すから期待してくれていいぞ。次に危険な魔物についてだが、南側に存在する見かけたら絶対に逃げる魔物を五匹教えておく」
場所の次は魔物についてか。
面白そうな魔物がいればオンガニールの宿主にすることも考えつつ、話を聞くとしよう。
「まずはエデストルから入って近い位置――ロザの大森林の最南を巣としているオークの群れ。このオークの群れは、オークキングが率いているということもあって本当に厄介な魔物。通常種のオークが、オークソルジャーなんかよりも遥かに強くなっているから気を付けなければいけない第一だな」
五匹の内の一匹はオークキングか。
オークキング単体でというよりかは、群れとしての危険度が高いという認識のようだ。
既に討伐済みだが、あれだけ広大な森であれば他にも存在する可能性が高いため、一応オークの群れには気を付けよう。
「二匹目は……こいつも南側を縄張りとしている魔物。カラスオルニス。真っ黒な鳥のような魔物で、見たら死ぬとまで言われておる。生態についてはほぼ不明。どんな技や攻撃方法を取ってくるかも分かっていないな」
「情報が少なすぎるな。こいつも、エデストルから近い場所に生息しているんだろ?」
「見たら死ぬと言われているぐらいだ。情報を持ち帰る前に殺されるからだろ。とにかく黒い飛行生物には気を付けろってことだ」
南側を縄張りとしているカラスオルニス。
鳥のような魔物ということは、カーライルの森にいた怪鳥と似た魔物だろうか。
見たら死ぬとまで言われているくらいだし、相当危険な魔物であることは間違いない。
……というか、俺がロザの大森林で反応を感知した魔物は、このカラスオルニスだった可能性が高いな。
オークキングよりも強い反応だったし、南側を縄張りとしているならば当てはまる。
カーライルの怪鳥のスキルを考えると、鳥型の魔物であるカラスオルニスもオンガニールの宿主にしたいところではあるが……ひとまずは保留。
「黒い飛行物体だな。見かけたら即座に逃げるようにする」
「逃げられるかは別だが、それが賢明な判断だな。三匹目と四匹目は似たような魔物で、レックスビルとメディスンアリ。レックスビルは体に張り付き血を吸う魔物だ。全長は十センチほどの魔物だが、強力な歯を持っていて皮膚を食い破って体内に入り込む。体内に入り込んでからは、血を吸い込みまくって膨張し……内側から破裂したりもするらしい」
前回の探索では出会わなかったが、とんでもない魔物だな。
魔物自体の強さはそれほどでもなさそうだから索敵もできないし、倒したとてオンガニールの宿主にもできない。
俺にとっても、本当に害でしかない魔物。
「メディスンアリもレックスビルと似たようなタイプで、全長は五センチにも満たない小さな魔物。こいつの最大の特徴は、体内に猛毒を持っておるということ。上から踏みつぶすだけで一般人でも殺せる魔物ではあるが、噛まれて毒を流し込まれたら一発で即あの世行き。メディスンアリで一番厄介なのがその性格で、毒以外は長所がなく小さく弱い癖に超獰猛。巨体の相手だろうが見境なく襲ってくる」
レックスビルは怖いが、メディスンアリはまぁ大丈夫だな。
【毒無効】のお陰で、問答無用で毒の全ての恐怖がなくなるのは助かる。
レックスビルに関しても、【外皮強化】を使えばなんとかなりそうだが……。
体力の関係上、常時発動させながらの移動はできないから難しいところ。
こう考えると、体力の消費が一切なく毒を全て無効にする【毒無効】は、相当におかしな能力をしている。
これが通常スキルと特殊スキルの差なのかもしれない。
「小さい魔物が危険な魔物の内の二つに入るって凄いな。そのことに対して、ロザの大森林のスケールの大きさを感じる」
「デカい魔物は嫌でも警戒するからな。本当に怖いのは警戒外からの攻撃だ。この世で一番人間を殺している生物は、モスキートと言われておるしな。魔物でもなくただのモスキートだ」
「刺されたら痒くなるアレか?」
「ああ、そうだ。――まぁ正確に言うのであれば、人間を一番殺しているのは人間なのだけども……そこを追及するのは無粋というものだろう」
さらっと怖いことを言った気がするヘンジャク。
俺は聞かなかったことにし、最後の一匹の情報を聞くことにした。
「…………最後の一匹はなんなんだ? 残る一匹も小さい魔物か?」
「いや、違う。最後の一匹はフォレストリザードと呼ばれる魔物だ。ドラゴンのような見た目をしている魔物で、性格は温厚といわれているが肉食の魔物だから油断はできん。単純な強さだけならカラスオルニスよりも強いからな」
「カラスオルニスよりも温厚な分、強さに振っているという感じか」
「そういうことだな。腹が減っていなければ襲われることはないだろうが、仮に腹が減っていたとすれば――即座に捕食されるだろう」
五匹の危険な魔物を説明し終え一息つくためか、ヘンジャクは新たな煙草に火をつけて吸い始めた。
オークキング以外は非常に有力な情報だったといえるが、俺の中で一つ気になることがある。
オンガニールの宿主となっていたあの魔物のことだ。
兎のような魔物で、オンガニールが立派に生えていたことから弱い魔物ではないと思ったのだが……。
「魔物について一つだけ質問する。人型の兎のような魔物は知らないか? 手にはメリケンサックのようなものをつけているはず」
「なんだその魔物。儂は聞いたことがないな」
「……そうか。知らないのであればいい。次の情報に移ってくれ」
兎の魔物に関しては既にオンガニールの実を持っているし、情報が貰えずとも能力上昇幅で、兎の魔物がどれほどの強さかの見当はつけられるからな。
強敵であれば情報が欲しかったところだが、持っていないのであれば仕方ないと踏ん切りもつく。
それから俺は、ヘンジャクからロザの大森林に生息している植物についての情報、地形についての情報、スキルの実についての噂を聞き、金貨三枚分相当の情報を教えてもらった。
知らない情報がたくさんあったし、植物採取の名人といわれていることもあって、ロザの大森林についても詳しい。
情報を求めてヘンジャクの下を訪ねて良かったと、俺は心から思えた。