第194話 植物採取の名人
『ガッドフォーラ』を後にした俺は、メインストリートへとやってきていた。
ロザの大森林についての情報を集めるべく、先ほどトリシャから教えてもらった人物の下へと向かっている。
なんでも植物採取の名人のようで、トリシャは店で扱っているポーションの六割の植物をこの人物から仕入れているらしい。
基本的には、ダンジョンを越えた先にあるグロッタの森という場所で採取しているようだが、その人物ならロザの大森林のことも知っている可能性が高いと教えてもらった。
ロザの大森林は特殊な場所すぎて、情報屋でも取り扱っていない情報らしいし、物好きな冒険者やこういった特殊な人から聞き込むしかないのが現状。
あとは『植物学者オットーの放浪記』のような、書物からなら情報が得られるかもしれないため、今から向かう人物が駄目だったらそっちに路線変更してもいいかもしれない。
情報集めについて色々と考えつつ、俺はその植物採取の名人がいると教えられた家へとやってきた。
今の時間は昼前。
もし今日も植物採取に出ているのならいないだろうが、もしかしたら休みの可能性もあるためやって来た。
エデストルでは珍しい一軒家で、大きさ自体はそこまで大きくはないが、土地の値段等を考えたらこの大きさでも相当な金がかかると思う。
金に関する下世話なことを思考しつつも、俺は家のベルを鳴らした。
一度鳴らしても反応がなく、続けざまに二度目のベルを鳴らす。
そこからしばらく待っても反応がなかったため、最後に三度目のベルを鳴らすと……。
扉がゆっくりと開かれ、一人の爺さんが中から出てきた。
寝起きなのか、非常に気だるそうな表情。
起こしてしまったのなら申し訳ないが、情報が欲しいため俺は引かずに話しかける。
「あんたがヘンジャクか? 『ガッドフォーラ』のトリシャから教えてもらって尋ねたんだが」
「…………違う。人違いじゃねぇかな?」
「場所は間違いないはずだ。あんたじゃなくても、同居人がヘンジャクってこともないのか?」
「儂はその名前を聞いたことがない」
あくびを噛み殺しながら、そう否定してきた爺さん。
ここで間違いないし、トリシャが嘘の情報を教えたとは思えない。
……となれば、この爺さんが面倒くさいから知らないフリをしているのだろう。
「そうか。違うなら仕方がないな」
「ああ。ほれ、さっさと帰って――」
「今からトリシャを連れて、すぐに来てみてもらうことにするよ。爺さん、情報助かった」
「………………チッ」
帰らせても俺がまたすぐに戻ってくるということが分かったのか、不快感をあらわにして舌打ちをした。
この反応からして、確実にこの爺さんがヘンジャクだろう。
……情報を聞くまでは絶対に逃がさない。
「やっぱりあんたがヘンジャクだったか」
「トリシャのばあさんも面倒ごとに巻き込みやがって。……それで小僧。儂に何のようだ」
「ちょっと情報が欲しくて来たんだ。報酬ならキチンと払う」
「別に金にゃ困っとらん。さっさと帰ってほしいもんだね」
「情報をもらうまでは帰る気はない。毎日だろうと尋ねに来るさ」
俺が折れないことを察したのか、心底面倒くさそうにしつつも親指を立てて部屋の中を指し、家の中へと招き入れた。
一人暮らしなのか、色々な物が乱雑に置かれており、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だ。
錬金術師屋よりも植物の独特の強い臭いが、部屋の中に充満している。
よく見てみれば、俺が拠点で行っている天日干しを部屋の中でやっているようで、そのせいでこのキツい臭いとなっているようだ。
「適当に座ってくれ。茶は出さんからな」
「それは残念だ。植物採取の名人となれば、美味い茶が飲めると期待していたんだが」
「けっ、そんなもんあるものか。……それで一体何の用だ。とっとと本題に入ってくれ」
俺の軽口に不快感を露わにしつつ床にドカッと座ったヘンジャクに続き、俺も適当に座らせてもらう。
この部屋を見て、ロザの大森林に関係なく植物についてのことも色々と聞きたくなったが、ひとまずはロザの大森林についてを聞くべきだな。
「ロザの大森林について、知っていることを全て教えてほしい。さっきも言ったが、この情報に関しては金を惜しむつもりはない」
俺がロザの大森林のことを口にした瞬間、先ほどまで怠そうにしていたヘンジャクだが雰囲気がガラリと変わった。
床に転がっている煙草を手に取り、火をつけ深く吸ってから――ヘンジャクは言葉を発した。
「ロザの大森林……。随分と珍しい場所についてのことを聞きたがるんだな。小僧もスキルの実のことが知りたいのか?」
ロザの大森林といえば、やはりスキルの実なのか。
もしかしたら何人もの人間が、スキルの実についてヘンジャクに尋ねに来たのかもしれない。
「スキルの実について知っているなら聞きたいが、俺はもっと色々な情報が欲しい。ロザの大森林には何があって、どんな危険な魔物がいるのか。知っている情報を全てくれ」
「ほー。これまた珍しいタイプの人間だな。……少なくとも、ロザの大森林を舐めた人間じゃない」
「当たり前だろ。あそこまで広大で謎の多い森を舐める奴なんてアホくらいだ」
「分かった。先に言っておくが、スキルの実については何もしらない。それでもいいなら……」
そう言葉を溜めてから、指を三本立てたヘンジャク。
この指の意味は、情報料が金貨三枚ということだろう。
どの程度の情報によるか分からないが、あの森の情報を貰えるのであれば安いもの。
「それ相応の情報をくれるのであれば、喜んで払わせてもらう」
「まいどあり。期待してくれて構わないぞ」
ヘンジャクは俺が床に置いた金貨三枚を取ると、大事そうにポケットへとしまった。
それから座り直して態勢を整えると、煙草を吸いながら話を始めたのだった。