第190話 マグス一族
「まずは誰からの報告にするか」
「別に誰でもいいけど、まぁクリスから聞かせてくれ!」
「分かった。――ロザの大森林は噂通り、カーライルの何倍も大きな森だった。正直、広すぎて何から手をつけていいのか分からない状態だったが……。とりあえず拠点作りと、カーライルの森でやっていたことをできるようにしてきたつもりだ」
「へー。本当にそんな広い森だったのか! 危険な魔物はいたか?」
「危険な魔物? 拠点を作る際にオークの群れと戦ったぐらいだからな。強いて言うならば、そのオークの群れの長であるオークキングぐらいだ。……そういえば、そのオークキングより遥かに強烈な圧を放つ魔物は感知した。実際に戦ってはいないから、どの程度の強さかは正確には分からないけど」
あの魔物については、遭遇しないように気をつけなければいけない。
スキルを全て使い、全力で戦えば勝負になると思うが……向こうはロザの大森林を縄張りとする魔物。
勝てる確信がなければ、地の利が圧倒的に有利な相手と戦うのは得策ではない。
「オークキング!? 俺達が緊急依頼で戦ったオークジェネラルの上の存在か?」
「ああ、明確に上の存在だった。単純な腕力だけならば、スキルを使う前のカルロに匹敵するものを持ってたしな」
「カルロに匹敵する腕力ですか……。それはかなり怖い相手だったんじゃないですか?」
「確かに一発は怖かったが、逆を言ってしまえば腕力以外は大したことはなかったぞ。知能も明確に劣っていたし、そこまで強い相手じゃなかった」
俺が成長したということもあるだろうが、オークキングとの一対一ならばラルフやヘスターでも問題なく倒せていたと思う。
オークキング相手で怖かったのは、集団を指揮して戦われることだけだった。
実際にオークキングの指示で戦っていたオークソルジャーとオークナイトは、バフがかかって強くなっていたからな。
「強くなかったって言い切れるのはすげぇな! ……なんか、クリスがやたらでかく見えるわ」
「まぁスノーもいたしな。スノーがオークジェネラルを瞬殺してくれたから、楽に事を運べたってのもある」
「スノーもよくやりましたね! どんどん強くなっていって誇らしいです!」
ヘスターに撫でられながら褒められ、嬉しそうに喉を鳴らしている。
「とりあえず俺の報告はこんなものかな。あまりの広さのせいで、現状は土台作りしかできてないって感じだ」
「土台作りでオークキングを倒してるんだから十分だろ! それじゃ次は、ヘスターが報告を聞かせてくれ!」
自分の報告を最後に持ってきたラルフ。
顔つきからして少し勘付いてはいたが、かなりの成果があったのかもしれない。
ラルフのダンジョンでの報告を楽しみにしつつ、俺もヘスターの報告に耳を傾ける。
「私は……オックスターの時と変わらず、修行をつけてもらってました。フィリップさんは魔導書や魔法玉の販売。それから魔法を直々に教える魔法の専門店のようなお店を開いていまして、そのお店を介して魔法の習得に励んでいたんです」
「へー! あのゴーレムのじいさん、そんな立派な店を開いていたんだな! てっきりただの変人だと思ってたわ!」
「ラルフは本当に失礼! フィリップさんは元宮廷魔術師ですよ? それも、あのローア・マグスに指導してもらった教え子の一人です!」
ローア・マグス。どこかで聞いたことがあるような……ないような。
俺は頭を捻りに捻り、一人の人物がパッと頭に浮かんだ。
そうだ。ノーファストのギルドマスターが同じ姓だった気がする。
名前は確か……アルカーン・マグス。
あまりにも自信満々に名乗っていたから、頭の片隅に残っていた。
「ん? そもそもローア・マグスって誰だよ! 俺は聞いたこともないぞ」
そう言放ったラルフに対し、驚愕の表情を浮かべてから深々とため息を吐いたヘスター。
……正直、俺も誰だか知らないため、ヘスターの反応に心臓が少し高鳴る。
「あのマグス一族ですよ? ローア・マグスは魔法玉を作ったとされる人で、ドラゴンスレイヤーとしても名高い歴史に名を残した大魔導士です!!」
「“あの”って言われてもなぁ……。どのマグスかも知らないから反応のしようがないわ! まぁでも、ゴーレムの爺さんは凄い魔法使いの弟子って訳か」
「その認識で合ってはいるんだけど、ラルフが思っているよりも何倍も凄い人! ゴーレムを造ったのが、メルキロウヒ・ジェラール・マグス。その初代勇者のパーティメンバーである、メルキロウヒの子孫がマグス一族と呼ばれているんです!」
興味なさげにしているラルフに、熱く語ったヘスター。
……メルキロウヒについては、流石に俺も覚えている。
【賢帝】の適性職業を持って、魔法使い職業の頂点と呼ばれている人物――と昔ヘスターが語っていた。
なるほど。マグスの姓は、【賢帝】メルキロウヒの一族である証だったのか。
道理であのギルドマスターが自慢気に、そして俺がマグスの名を知らないことに驚いていた訳だ。
「分かった分かったって。それで、ヘスターは新しい魔法を使えるようになったのか?」
「……ええ。まだ中級ですが、応用魔法を教えてもらっているところです。二週間だけですが、かなり上達したと思います!」
「ヘスターについては元々心配はしていなかったが、順調なようで良かった。近くに手本となる師がいるのは大きいな」
「はい! これだけでも、エデストルに出て来て良かったと思えてます。このまま上級魔法まで扱えるように頑張ります!」
「ああ、頑張ってくれ。……それとヘスターに一つ頼みがあるんだがいいか?」
両手をグーにし、気合いを入れて宣言したヘスターに俺はそう尋ねた。
頼みの内容に見当がつかなかったのか、グーにしたままの状態で小首を捻ったヘスター。
俺は間を空けず、頼みの内容についてを尋ねた。
「実は、俺もゴーレムの爺さんに魔法を習いたいんだ。――だから、ヘスターからも頼んでくれると助かる」
「……えっ? く、クリスさんが魔法ですか……? ――私が不甲斐ないからでしょうか!?」
「そんな訳ないだろ。魔法は使えるなら全員が使えた方がいいに決まっているし、俺も習得したいと思っただけだ。今回のロザの大森林での探索で思い知らされたんだが、ヘスターがいないと魔物の死体処理が本当に大変でな。せめて死体を火葬できる火魔法か、土葬できる土魔法を習得したいと思ってる」
「そういうことでしたか……! 戦力として物足らないと言われたのかと思ってしまいました。クリスさんとは顔見知りですし、フィリップさんは指導してくれると思いますよ!」
「それなら良かった。近々行きたいと思ってるから、仲介をよろしく頼むな」
「分かりました! 任せてください!」
こうして、ヘスターの近況報告も終わった。
残すはラルフの報告だけなのだが……やけに聞いてこいオーラを出してくるな。
このまま無視してお開きにしてもいいところだが、ダンジョンについては俺も気になるし聞くとするか。