第184話 オークの巣
一番まずいのが囲まれることだ。
手こずりそうなオークジェネラル、オークキングは後回しにし、外に出ている通常種のオークから片付けていく。
発動させるスキルは、【肉体向上】【身体能力向上】【戦いの舞】。
……そして【能力解放】。
カルロから分捕った【能力解放】のスキル。
実戦で使うのは初めてだが、練習では何度も試用している。
上記三つのスキルは、体力を消費して肉体の能力を上昇させるスキルなのだが、【能力解放】は体力を消費して肉体の限界を解除するスキル。
人間というのは体を守るため、二割程度の力しか使えないように制御されているのだが、このスキルを使えばマックスの出力を出せるようになる。
倍率でいうのであれば、普段の五倍は強くなれる可能性を秘めたスキルということ。
ただ、その分の反動は凄まじいもので、練習で使用していた時は倍の力でも数分と体がもたなかった。
それに加えて出力の調整が非常に難しいため、実戦での使用は控えていたのだが……。
この二週間で密かに練習していた甲斐があり、三割の力で戦える出力の調整を身につけた。
まさか群れ相手に初めて使うことになるとは思っていなかったが、【肉体向上】【身体能力向上】【戦いの舞】に【能力解放】が上手く機能すれば――何匹相手だろうが大差ない。
近づいてくる俺に気が付いたオークは、粗悪な家に立てかけられていた槍を手に取りつつ、雄たけびを上げて仲間を呼び始めた。
不意を突こうか迷ったのだが、その動きはスノーに取らせる方がいいと判断した。
俺が堂々と出て注目を浴び、俺に視線が向いているところにスノーが不意を突く。
スノーを安全に戦わせつつ、俺は自分の力を正面切って試せる最高の策。
一番奥の家に籠っているオークキングが出てくる前に――さっさとオークの殲滅を図ろうか。
鋼の剣を引き抜き、俺は雄たけびを上げた通常種のオークに向かって突っ込んでいく。
【消音歩行】【疾風】
【肉体向上】【身体能力向上】【戦いの舞】【疾風】だけでも、十分な能力強化が施されているのに、【能力解放】のお陰でとんでもない速度が出ている。
俺は正面からまっすぐ一直線にオーク目掛けて突っ込んだのだが、【消音歩行】で音も消え去っていることもあり、オークは俺を完全に見失った。
先ほどまで俺がいた位置を見つめ続けているオークの懐に飛び込むと、そのまま剣を振り下ろす。
手に残る感触はほぼなく、一瞬にして剣はオークを斬り裂き振り下ろされた。
返り血を浴びないようにサイドステップを踏んで避けると、胸から腹にかけてを深々と斬られたオークは大量の血を噴き出しながら地へと伏せた。
……まずは一匹オークを倒したのだが、俺が強すぎて戦っているという感覚が一切ない。
動かない相手に対し、一方的に剣を振るっているだけの感覚だ。
魔物をいくら倒したところで、微々たるものしか強くなれない俺にとっては、ある程度の強敵ではないと経験として身につかずに無意味となってしまう。
何もできずに地に伏せたオークを見下ろしながら、俺はそんなことを考えつつ――次なるオークに視線に向ける。
今死んだオークが雄たけびを上げたことによって、集落内にいるオークがぞろぞろと向かってきている。
敵は一人で、比較的小柄な俺のみ。
そんな理由から警戒レベルは低いのか、集まってくるオークは全て通常種オークだった。
オークキングも出てきて、的確にオーク達の指揮を執っていれば面白い展開になっていたと思うが、通常種オークが何匹集まってこようが俺の敵ではない。
今斬り伏せたオーク同様、集まってきたオークを全て斬り殺すべく――俺はオーク目掛けて突っ込んでいった。
負担の大きい【能力解放】【身体能力強化】【疾風】の三つのスキルは一度解除し、【肉体向上】【戦いの舞】【消音歩行】の三つを発動したままオークに近づく。
正直な話、この三つのスキルも発動しなくても倒せるのだが、油断していいことは一つもない。
俺は三匹固まっているオークのど真ん中に突っ込み、右のオークの首を刎ねてから左のオークの心臓を突き、そして真ん中のオークを袈裟に斬った。
数秒にも満たない時間の中で、三匹のオークが一気に倒れる。
そんな光景を見た他のオークが怯んだのを見逃さず、すり足で後退したオーク目掛けて近づき、水平斬りで腹を掻っ捌いた。
次に声を出そうとしているオークに向かい、声を発する前に頭を斬り飛ばす。
これで六匹の通常種オークが死に、残るは二匹のみとなった。
この数まで減らしてしまえば、もう援軍を呼ばれても問題ないと思ったのだが――残った二匹は焦りで血迷ったのか、槍を構えて六匹のオークを瞬殺した俺に向かってきた。
武器は手製の木の槍で、防具もみすぼらしい布の服。
技術も乏しいため、身体能力で押し切るしか俺に勝つ方法はないのだが、その身体能力ですら俺の方が上。
数で有利といえど、三匹を相手に瞬殺している訳で……俺は向かってきた二匹のオークも触れさせることなく一瞬で斬り伏せた。
残るは粗悪な家に引き篭もっている別種のオークのみ。
左から回り込み、物陰で隠れているスノーに“待て”のハンドサインを出してから、俺は一番近くにある家の扉を押し開けた。
狭い家の中には、オークソルジャー三匹とオークナイト一匹がおり、中から立ち込める酷い獣臭が鼻を衝く。
家の中で虐殺しようと考えていたのだが、この酷い臭いの中で戦うのはたまったものじゃない。
怯えたフリをしつつ押し開けた扉をゆっくりと閉め、家から少し距離を離れると――俺に釣られたオークソルジャーが一斉に中から飛び出てきた。
鼻息を荒らげ、狩る側として追いかけてきたようだが、周囲に広がる八匹のオークの死体を見て、一番始めに家から飛び出たオークソルジャーは固まった。
頭の中はぐっちゃぐちゃだったのだろうが、そんなオークソルジャーの心情なんて知る由もない後ろに控えるオークナイトが、押し出すように背後から突き飛ばした。
後ろから押されたせいで転びそうになりながら、家の前にて待ち構える俺の前へと飛び出たオークソルジャー。
その無防備なオークソルジャーを、上から思い切り斬り落とした。
その光景に、後ろから出てきた二匹のオークソルジャーも固まっているが、唯一のオークナイトは冷静だったようで、すぐに雄たけびを上げて仲間のオークを呼んだ。
先ほどのオークが高い雄たけびだったのに対し、オークナイトの雄たけびは低い重低音。
オークの言葉が分かる訳ではないが、この重低音の雄たけびは最大の警戒を意味する雄たけびだと思う。
ぞろぞろと他のオークが集まる前に、目の前のオークソルジャーとオークナイトは仕留めておこうか。
錆びた鉄剣を構えるオークソルジャーを一度無視し、左手に大盾を構えながら右手に槍を手にしているオークナイトに攻撃を仕掛ける。
オックスターの緊急依頼ではラルフとヘスターが相手したため、オークナイトとは初めての戦闘だ。
感覚としては、ラルフと戦うような感じに近いと思う。
ラルフのせいでガード一辺倒の相手には苦手意識があるが、そんなことも言ってられない。
大盾の材質は石。
スキルをフル活用して正面から打ち砕いてもいいが、オークキングに備えて無駄な体力は消費したくない。
スキルの使用は抑えて、技術と身体能力で押し通す。
【消音歩行】を解除し、わざと音を立てて右側から回り込むように移動してから剣を振る。
力はあまり入れずに牽制のつもりで振った剣だったが、予想以上にオークナイトはよろめいた。
これならば何も考えずに打ち込みまくっても、あっさりと突破できただろうが……今は余計なことを考えない。
再び【消音歩行】を発動してから、素早く左側から回り込んでオークナイトに斬りかかる。
大盾のせいで視界が悪く、耳でおおよその位置を把握しているであろうオークナイトに、【消音歩行】は抜群に相性が良かったのか――。
回り込んだ俺に反応できず、無防備となっているオークナイトをあっさりと斬り伏せることができた。
ガード一辺倒のスタイルということで、頭にはラルフが過っていたのだが、ラルフと比べたらあまりにも可愛い相手だったな。
倒れたオークナイトから視線を切り、振り返ってオークソルジャーに視線を向ける。
オークナイトがやられたことで、固まっていたオークソルジャーもようやく動き出したのだが、恐怖という感情を持ち合わせているようで、俺に向けている鉄剣の剣先がぶるぶると震えている。
一方的な虐殺は好みではないが、この場面で手を抜いている余裕はない。
早く片付けないと、オークナイトが呼んだオークキングたちが集まってくるため、一気にオークソルジャーを殺しにかかる。
剣を思い切り叩いて弾き飛ばすと、無手となったオークソルジャーの心臓を一突き。
残った一匹も、倒れた仲間のオークソルジャーに視線がいった隙を突き、背後に回り込んで首を刎ね落とした。
オンガニールのことを考え、頭や心臓といった急所を避ける戦い方を常にしてきたから、何の制限もなく急所を狙えるのは楽でいいな。
まぁオークキングだけは、ロザの大森林に存在する可能性のあるオンガニールのため、一応心臓は突かずに倒そうとは思っているけども。
オークソルジャー三匹とオークナイト一匹を倒したところで、一息ついていると……オークナイトの雄たけびを聞きつけたであろうオーク達が家の外へと出てきた。
今度は少数ではなく、この巣に残っている全てのオークが出てきたようだ。





