第183話 ロザの大森林
翌日。
俺は一人で朝に買い出しを行ってから、スノーと共にエデストルを後にした。
向かう先はもちろん、南に位置するロザの大森林。
ペイシャの森、カーライルの森と、二つの森を隅から隅まで散策してきた俺だが、今回は“大森林”と呼ばれるほどの広く大きな森。
集めた情報によればカーライルの森の何倍も広い森で、未だに分からないことの方が多い森らしい。
そんな未知の森であるロザの大森林には、様々な噂が飛び交っており……その内の一つがスキルの実についての情報。
『植物学者オットーの放浪記』にも、スキルの実が存在する最有力候補はロザの大森林と記載されていた。
ロザの大森林の未開の地にスキルの実が隠されているのだとしたら、いくら時間がかかろうとも探し出すのが、最強への近道だと俺は考えている。
オンガニールのお陰で、スキルがどれほど強力で重要なのかを身に染みて理解することができた。
通常スキルのみで、これほどの強化を図れたのだ。
特殊スキルを得られるとなれば、どれほどの力を得られるのか――正直、見当もつかない。
もちろん、存在するか不明のスキルの実に全てを懸けるつもりはないため、リザーフの実等の五種類の強化植物やオンガニールも見つけたいと思っているし……。
新種の有毒植物についても、開拓していきたいと考えている。
ロザの大森林への色々な思いを馳せながら、俺はスノーに索敵を任せつつ歩を進めた。
エデストルを発ってから、約三時間。
魔物との戦闘を極力避けて早足で来たということもあり、予定よりも大分早く辿り着くことができた。
まさに大森林と呼べる大きな森が、俺の眼前に広がっている。
カーライルの森とは違い人の気配なんか一切なく、道中の看板にも立ち入り禁止の看板が無数に立てられていた。
森の大きさだけでなく、危険度も今までの森とは桁違いのようだ。
不安がないといえば嘘になるが、それ以上にワクワクがとまらない。
「スノー、くれぐれも油断はするなよ」
「アウッ!」
森の入口でスノーにそう声を掛けてから……俺はロザの大森林に足を踏み入れた。
程よく日差しが差し込んでいて、入口から見た時のようなおどろおどろしさは中に入ってみると、そこまで感じることはない。
木々の擦れる音や動物の鳴き声、魔物の足音なども四方から聞こえ、カーライルの森に近い賑やかな森。
うるさいと魔物の気配を悟りにくいというのはあるが、俺としては静かな森よりも賑やかな森の方が好きだ。
ペイシャの森も慣れれば快適そのものだったが、最初は本気で怖かったからな。
静かだと無駄に思考しすぎてしまい、ネガティブなことを考えすぎて疲れてくるのだ。
そのため賑やかな森なことに少し安堵しつつ、まずは何よりも拠点を確保することから始める。
気になる植物や魔物の気配をとりあえずスルーし、森の奥に進んで拠点に適している場所を探す。
俺の考えとしては、拠点を作ってその拠点周りの探索を行い、探索が終了次第新たな拠点を作っていこうと考えている。
感覚としては自分のテリトリーを広げていくイメージで、十数個は拠点を作る予定でいる。
そのため、第一拠点は森に近い位置に作るつもり。
俺の中での拠点に適した第一候補は、やはり魔物の巣だ。
カーライルの森では意図していた訳ではなかったが、ゴブリンの巣をそのまま拠点にしたのは快適そのものだったからな。
魔物の巣を拠点にするということは、魔物の群れと戦う危険が伴う訳だが、その危険を加味しても利点の方が遥かに大きい。
まずは魔物の巣を捜索しつつ、巣がなければ水場が近くにある拠点にできそうな場所を探していく。
【生命感知】【知覚強化】【知覚範囲強化】【聴覚強化】のスキルを適度に使いながら、拠点探しを始めること一時間。
俺の索敵には何も反応がなかったのだが、突然スノーが南西の方角を向いて吠えた。
言葉が理解できているかは定かではないが、一応、複数まとまった魔物の反応を見つけてほしいと伝えてはあるが……見つけたということなのだろうか。
スノーに制止の合図を出し、俺はゆっくりと南西の方角へと進んで行く。
体力の消費が激しいが、ここは四つのスキルを常に発動させながら、全開の警戒で大森林の中を歩く。
俺のスキルに引っかかった瞬間に、【消音歩行】も発動させる――そう頭の中で反芻しながら歩いていると、俺は前方に複数の魔物の反応があるのを感じ取った。
「スキルを使ってもスノーの索敵能力に敵わないのか。……スノー、お前やっぱ凄いな」
一時的に木の裏に隠れ、スノーの頭を撫でながら褒める。
問題の魔物の反応の強さだが、まだ反応が遠いのもあるかもしれないけど強くはないと思う。
ゴブリン以上、ヴェノムパイソン未満といったところだろうか。
実際に何の魔物かを見なくては最終的な判断できないが、この反応の強さなら近づいても大丈夫なはず。
「スノー。音を立てないようについてきてくれ。魔物がいても、俺の指示を出すまでは飛び出すな」
「アウ」
小さく吠えたのを確認してから、俺を先頭にゆっくりと反応の下へと近づいていく。
数は合計で十八匹。一匹だけそこそこ強い反応があるが、やはりそこまで強い魔物ではない。
目視できる位置まで近づいた俺は、慎重に魔物の反応が多数あった場所を覗き見る。
森の開けた場所に小さな集落のようなものがあった。
集落といっても、木と藁で作られた粗悪な家が数軒あるだけのもの。
そして、その集落にいたのは……オークの群れだった。
ペイシャの森で初めて狩った魔物でもあり、オックスターで初めて受けた緊急依頼の魔物。
これで、ロザの大森林での初めて遭遇した魔物もオークとなるわけで、やはりオークとは言い知れぬ縁のようなものを感じるな。
……ただ、これで拠点を奪うと決めることができた。
ゴブリンの洞穴の巣と比べると、良い拠点の条件とは言えないがそれでも十分だ。
近くに水場も見えるし、南側は崖となっていて壁のようになっている。
少し手を施せば、十分すぎる拠点に早変わりさせられるはず。
襲撃を決意した俺は、まずは拠点にいるオークの戦力から確認していく。
えーっと……通常種オークが八匹で、オークソルジャーが五匹、オークナイトが三匹。
それからオークジェネラルが一匹と――俺が感じていた強い反応を持つオークが一匹。
オークジェネラルの上位種……オークキングだろうか。
実際には見たこともなく噂程度の情報しか持っていないが、オークの軍隊を束ねる魔物として、知略武力ともにオークの中では圧倒的な強さを持つと言われている。
オークキング特有のスキルも保有しているようで、味方のオークの力を底上げするスキルを持ち合わせているため、束ねるオークの数が多ければ多いほど厄介さを極めるとされている魔物。
単体での討伐推奨ランクはミスリルだが、軍を率いているとなればダイアモンドまで跳ね上がると言われている。
百を超える軍なら即座に逃げる選択を取る場面だろうが、合計で十八匹ならいけるはずだ。
俺はスノーに右からゆっくりと回り込むように指示を出してから、正面を切ってオークの群れへと向かって行ったのだった。